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『ヘンリー五世』@シアター・ドラマシティ感想

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作:W.シェイクスピア

演出 吉田鋼太郎

出演 松坂桃李 吉田鋼太郎 溝端淳平 横田栄司 中河内雅貴 河内大和 ほか

 

 

蜷川さん演出の「ヘンリー4世」を観たのが2013年のこと。6年の時を経て、同じ役者で続編が叶う贅沢さを噛みしめる。新国立版でも浦井くん主演で続演していたからさほど新鮮味はないとはいえ、やっぱり凄いことですよね。しかも、この6年で、松坂桃李吉田鋼太郎という役者自身も、ハルとフォルスタッフ顔負けの変化を遂げた上での再集結なわけで。かたやイケメン俳優から実力派へ脱皮を目指し、果敢にスキルを磨き、かたや彩の国シェイクスピア・シリーズ芸術監督兼「おっさんずラブ」…。 

 

舞台は、ご丁寧に6年前のダイジェスト映像から始まる。そして、「ヘンリー四世」のラストシーンの再現へ。大の親友で、共に放蕩三昧の生活を過ごしてきたハルとフォルスタッフ。なのに、父王の死により新たに王座に就くハルはフォルスタッフには見向きもしない…。

続く「ヘンリー五世」では、若き王ハルが率いるイングランドがフランスへ侵攻。フォルスタッフは失意の中死んだらしい。壮絶な戦いの末、イングランドが勝利を収めフランスを征服する。いざ戦争が終わると、剣を交えていた両国の王と王女が、片言で愛を確かめ合う、可愛らしいラブコメに。両国の新たなコミュニケーションが不器用に、でも着実に築かれる。


鋼太郎さんは冒頭のフォルスタッフの扮装を舞台上で解いた後、案内役として登場し、客席に語りかける。この役割、シェイクスピアの原作から存在するらしいんですが、事あるごとに「あとは、みんなの想像力で補ってね…!」とやたら弱気。シェイクスピアよっぽどこの戯曲自信なかったんやな…と思わざるを得ない。

鋼太郎さんがやるから余計にくどいと感じたんでしょうが。やっぱり作り手と役者を兼ねてしまうと、作品へもお客さんへもスタンスが変わってきますよね。しかも、劇中の一役じゃなく、客席と直に繋がる役回りなわけで、そうなると、もう串田さんや野田秀樹を超えての後藤ひろひとなわけで。なんか垢抜けない劇団のようだった。(ちなみに思わせぶりに居酒屋の客に混じったりしてるの、宝塚版の閣下っぽかった)

ハルの松坂さんは6年前より精悍な顔つきに。映像よりも舞台映えがする役者さんで、「ヘンリー4世」のラストも説得力があったけど、今回も、颯爽と、そして孤独感漂う若き王がよく似合っていた。対するフランス王の横田さんは、今にもロードオブザリングに出れるのでは、と思うほどのしっくり感。皇太子には溝端淳平。彼もコンスタントに舞台に出ているだけあって、台詞はこなれていて、風格もあり。『魔界転生』の余韻か、妖気すら漂っていた。ただ、衣装の着こなしと動きに難があり、惜しい。中垣内くんはちょっとした歌やダンスもありつつ、軽やかに演じていた。

いざこうして別の演出家に受け継がれてみると、蜷川さんがいかに「映える」舞台を作り続けていたかに気づく。私が見始めたのは晩年の作品からで盛大なマンネリズムに陥った後だったけど、有無を言わせずお客さんを捩じ伏せる、スケール感や美しい画は健在だった。冒頭の親切設計からもわかるように、鋼太郎さんは、お客さんの理解度レベルを鑑みて、「わかりやすさ」を重視している。が、当然ながら、舞台って(というか芸術全て)理解が最終目標ではないはずで、それがイコールいい舞台とは限らない。正直、ダイジェスト映像を流す時点で引いてしまった。え、めちゃくちゃダサくない…?と。トート閣下ばりに思わせぶりな案内役も、戦争シーンに紛れ込む近代のヘリや爆撃の轟音も、疑問しか浮かばなかった。

別に蜷川さんのファンだったわけではないけれど、喪失感ってこういう形でやってくるもんなんだなぁとしみじみ。