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『ファントム』@梅田芸術劇場メインホール 感想

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【脚本】アーサー・コピット

【作詞・作曲】モーリー・イェストン

【原作】ガストン・ルルー

【演出】城田 優

【出演】

ファントム(エリック):加藤和樹城田優

クリスティーヌ・ダーエ:愛希れいか・木下晴香

フィリップ・シャンドン伯爵:廣瀬友祐・木村達成

カルロッタ:エリアンナ

アラン・ショレ:エハラマサヒロ

ジャン・クロード:佐藤玲

ルドゥ警部:神尾佑

ゲラール・キャリエール:岡田浩暉

少年エリック:大河原爽介・大前優樹・熊谷俊輝

安部三博、伊藤広祥、大塚たかし、岡田誠、五大輝一、Jeity、染谷洸太、高橋卓士、田川景一、富永雄翔、幸村吉也、横沢健司、彩橋みゆ、桜雪陽子、小此木まり、可知寛子、熊澤沙穂、丹羽麻由美、福田えり、山中美奈、和田清香

 

梅芸版初演の「ファントム」がトラウマになり過ぎていて、それから梅芸版は全く観る気が起こらなかったけど、3度目の再演になる今回、ついに思い切って観てみた。

まず驚いたのは、開場中の劇場全体を使ったイマーシブシアター的な演出。

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街灯が立ち並んだロビー。手廻しオルゴールの賑やかな音色が響く中、パリ市民たちが優雅に回遊し、案内係も特別な衣裳に身を包み、劇世界の一部を担っている。役者たちはパリの街並みを模した舞台上と客席を行き来しながら互いに声を掛け合い、お客さんも巻き込んで会話を交わす(時にはパンフを売りつける)。場内アナウンスも劇世界に沿ったもので、このムードを壊さない。すると開演ベルもなしに突然照明が切り替わり、役者たちがストップモーションに。一気にオーバーチュアに雪崩れ込む。2幕冒頭も客電の消え方にひと工夫あり、パリ オペラ座の世界へと一気に引き込んでくれる。こういう仕掛け、素直にわくわくさせてくれるし、確かにこの作品の場合はこういう広げ方も全然ありやな…!と目からウロコだった。

こう書くと、目眩し的な派手な演出に見られるかもしれないけど、他にも良い点はたくさん。宝塚版は装飾過多と感じていたセットがシンプルにまとまり、美しい。オペラ座のバックステージ物というのがこの作品の醍醐味のひとつだと思っているので、しっかり堪能できた。ただ、転換の処理が甘くて暗転で間延びしてしまったり、客席使用を多用しすぎるのには辟易してしまった。それに、装置自体は良いのに、センターからちょっとずれただけでも大きな見切れが発生してしまうのは惜しい。

主役にミュージカルらしい華やかなシーンがない分、ビストロのグランドミュージカルらしい盛り上がり、シャンドンとクリスティーヌの「ララランド」風デュエットと、テイストのばらつきはあるもののミュージカル要素がしっかり補填されていたのもとても良かった。なかでも印象的だったのはベラドーヴァのシーン。ベラドーヴァを演じるのはクリスティーヌ役。しかも歌だけではなく激しいダンスも盛り込んで、躍動感をプラス。2幕の大きな見せ場になっていた。

この回想シーンが展開するオペラ座の地下世界が、劇中劇のタイターニャの世界と裏表になってモスグリーン一色で美しい。一方で、パリの街並みがラデュレやグランドブタペストホテルのように色とりどりに幻想的なのも、街の人たちがにこやかにコミュニケーションを取り合うのも、エリックの思い描く夢のパリだからなんだろう。オペラ座に張り巡らせた仕掛けで空高く舞い上がった彼を銃弾が貫く。太陽に焦がれたイカロスのように、彼もまた外の世界へ羽ばたく寸前で地に落ちてしまう。さすがエリック役者だけあって、最後まで、彼の目線をしっかりと体感できる演出だった。

加藤エリックは加藤さん本来が持つナイーブさとはまた違った、コミュ障オタクのような作りだった。最初は面食らったけどこれはこれでしっくりきて、新たな加藤和樹の一面が見れた気がした。今までほぼ宝塚版しか観ていないので、アウトサイダーとはいえトップスターの役柄として男らしく堂々とカッコ良く存在せざるを得ないエリック(その中でコミュニケーションの引き攣れをいい塩梅に出していた和央エリック、好きだった)とは全く違って、ジェンダーロールの薄い自然な口調(〜でしょ?とか)、一転、クリスティーヌに対する敬語での呼びかけ、とか、閉ざされた世界の中でいかに彼の言語感覚が培われてきたか、とか、彼の人間性やこれまでの人との関わり方が想像できる繊細な翻訳で、なおかつ、それを加藤さんがしっかり腹に落としていた。加藤さんのベストアクトだったと思う。歌に関しては台詞と地続きに、というコンセプトはわかるけど、Where In The World だけはもう少し聞かせて欲しかったな。クリスティーヌは木下さんで観た。ジュリエットよりずっとニンに合っていた。ベラドーヴァのダンスシーンはちゃぴのレベルに合わせたものなんだろうけど、木下さんもちゃんと踊れていたのには、びっくり!宝塚版よりナンバーも聴かせどころもずっと多い上に、このダンス。難易度の高いヒロインを見事に演じていた。岡田キャリエールはロマンスグレーのウィッグが馴染んでなく、身のこなしもやけに軽いので、どこかちぐはぐ。もう少し貫禄が欲しい。2幕のエリックとの場面は、視線を合わさずとも分かり合う関係から、堰き止めていた感情が溢れ出して、束の間、父と子の団欒に移り変わる様子がすごくいい。あえてセンターをはずして、階段前のちんまりとした空間で胡座をかくという親密さが良いけど、これも席によっては見えにくかったようですね。どの席からも観やすく、と、理想の追求のバランス、難しいな…。カルロッタは弱含みな芝居を逆手に、思い切ってキャラとして作り込んでいた。さすがに舞台上ひとりのソロ曲で舞台を掌握するには求心力不足ではあったけど、歌詞に合わせて舞台後方の幕が開き、実際のオケメンバーが彼女のために音楽を奏でる理想のオーケストラとして登場するという粋な仕掛けが大きなフォローになり、印象的な場面になった。エハラマサヒロさんのショレもテンポ良く、いいコンビだった。驚いたのは神尾佑さん演じるルドゥ警部。今まであまり重視したことのないキャラクターだったけど、特に2幕で、お客さんの目を悲劇に向ける、かなり重要な役どころ。芝居を締める人がいればこうも全体が変わってくるのか、と衝撃を受けた。一方で、ジャン・ピエールは女性の佐藤玲さんが演じていて、別に性別は男女どちらでも構わないけど、明らかに芝居が弱く周囲とのバランスが取れていなかった。木村シャンドンはせっかくの恵まれた頭身なのに、衣装の着こなし、身のこなしがロボットのよう。役柄が役柄だけに軽妙洒脱さがほしい。芝居や歌にも個性が出ず、全体的に薄味だった。ところで、少年エリックが目玉が飛び出すほどの激ウマだったんだけど、大前くんと熊谷くんのどっちだったんだろう…。

ミュージカルの殿堂(←ちょっとした皮肉を込めて)帝劇は出演だけじゃなく演出も選ばれし人しか許されない。ということは、演出家に紐づくその他諸々のプランナーもおのずと凝り固まっていく。安定感のある舞台は予定調和ともいえ、驚きに満ちた新しい舞台はできにくい。その点、安定感からは程遠く規模もノウハウもまだ発展途上中のサードパーティだからこそできた、チャレンジが詰まった舞台だった。素直にワクワクした。サプライズに興奮した。ミュージカルっていいな、と思った。感動して泣いた。そう、こういうエンタメを観たかったんだ…!