初演時には腑に落ちきってはいなかった『ビリー・エリオット』。今回、3年越しにようやく納得できた気がした。
ビリー役は出日寿(デニス)くん。両親共にバレエダンサーという超エリートで肩書きからしてガンガンハードルを上げてくるのに、それを軽々超えていくダンス・アクロバット、さらには芝居・歌・舞台度胸も兼ね備えた、えげつないビリーだった。Electricityのダンスは今にも倒れてしまいそうなくらい力いっぱい踊る姿に鳥肌総立ち。歌詞通りに体中のエネルギーがダンスになって湧き出てくるような素晴らしいパフォーマンスだった。
そして、彼を見出すウィルキンソン先生に安蘭さん。ビリーとウィルキンソン先生が変わるだけで、作品全体がここまで見違えるとは…!
登場した瞬間から、人生が見えたんですよ。『モーツァルト!』の幕開けから初めて見たはずの芳雄ヴォルフガングに親しさを感じたように、ひと目見ただけで、彼女の街での暮らし、生き様、漂わせるタバコのヤニ臭さまで間近に迫ってきた気がして、のっけから泣いてしまった。こういう思いがけない瞬間があるから舞台ってやめられないんですよね…。
昔とった杵で適当にバレエ教室らしきものをやって、終わった街で"どうでもいい"人生をやり過ごそうとしてる、その絶妙なくたびれ感。それがビリーを見出すことで少しずつ変わっていく過程、エリオット家での丁丁発止のやりとりの緊迫感、そしてラスト、炭鉱夫が地下に沈んでいくという象徴的なシーンと対になる、ビリーと先生との静かな別れが、やっとあの強烈なビジュアルと釣り合う芝居になった気がした。沈みゆく街からビリーを未来へ送り出さんとする彼女らしい餞がしっかりと見えた。もうとにかく全編素晴らしかった!
瞳子さんって芝居しすぎるきらいがあって、どちらに転ぶかわからない怖さみたいなものを持った役者さんだと思うのですが、今回は見事な、本当に見事な当たり役でした。間違いなく今年のベストキャスティング。
言い方悪いですが、宝塚トップスターって退団直後は話題性と券売力で誰でも主役を張れるんですよね。でも、5年経てばファンが激減して券売力を当てにするキャスティングは減っていくし、年齢的にもハマる役柄が少なくなっていく。そんな中、退団10年目にして、男役時代の気風のよさも生かしつつこの10年間で培ってきた実力を注ぎ込める役柄に巡り合って当たり役にするって、役者人生にとってかけがえの無いものだと思うんですよ…(と書きながら涙ぐむ)。安蘭さん個人のキャリアとしてはもちろん、宝塚OG全体のキャリアとして考えても、本当に本当に嬉しかった。
ビリーが夢みる理想の姿 オールダービリーを演じる大貫くんが、デモを取り締まる警官も、バレエ団のやさぐれたプリンシパルダンサーも演じていて、もしかしたらあるかもしれない/あったかもしれないビリーの未来のように劇中の端々に現れるのが好き。
映画版と違って、立派なダンサーに大成した姿をあえて描かず余白があるからこそ、そんなifに想いを馳せられるし、単なる個人の成功物語に収れんせずほろ苦さが残るのもいいな…というのは今回腑に落ちてようやく思えたこと。そして、その余白に、いつかデニスくんがオールダービリーとして帰ってきてほしい、という舞台ならではの夢も、今回加わった。
正直、炭鉱チームの方はまだわたしの中で腑に落ちてない。お父さんとお兄ちゃんが変われば全く違って見えるのか、もっと全体的なことなのかすらわからない。あと、期待していた阿知波さんのおばあちゃんは歌の説得力はさすがだったけど、根岸さんとの棲み分けもあるのか、思ったより可愛らしい作りでわたしのイメージとはちょっと違っていたので、この辺りは次回の楽しみ&宿題にしたいです。
次回‥と軽々しく言いつつ、舞台はすべて一期一会で、特にこの作品に関してはビリーを演じるのはたった一度きりのチャンスなわけで、東京公演の半分が潰れつつも以降はなんとか完走しきれたことに胸が震える一方で、仕方ない…仕方ないけど、もっと多くの人達にこのパフォーマンスを見てほしかったし、舞台に立つ彼らに満席と万雷の拍手を浴びせてあげたかったです…悔しい…と誰目線かわからないコメントを残して締めくくります。
素晴らしかったです、『ビリー・エリオット』!