だらだらノマド。

趣味、日常をゆるゆる綴るライフログ。

愛知(名古屋~豊田市)日帰り旅

名古屋日帰り旅に行って来ました。今回の旅のテーマは2つ。

近鉄特急ひのとりに乗る。
・らせんの練習@豊田市美術館を観る。

旅程はこちら。

◯ひのとりで名古屋へ
味噌煮込み@山本屋本店
◯らせんの練習@豊田市美術館
◯文化のみち二葉館
◯文化のみち撞木館
◯チョコレートパフェ@ピエール・マルコリーニ
きしめんきしめん

 

◯ひのとりで名古屋へ
観光列車に目がないので、ずっと心待ちにしていた、ひのとり。

www.kintetsu.co.jp便数が思いのほか多く、3週間くらい前にネット予約したら余裕で1両目のプレミアムシートが取れました。残念ながら、チケットレス割引は効かないので、定価購入(帰りのアーバンライナーチケットレス割で300円引)。

www.kintetsu.co.jp

赤の車体、めちゃくちゃかっこいいです。

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乗り込むと大きな荷物用のロッカー(今回は使ってませんが、便利そう!)軽食、飲み物、お土産などの自販機が。段上がりの扉向こうがプレミアム車両です。

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いい感じの高速バスみたいな座席(言い方)で、リクライニングしてもシェル型になった茶色部分の内側で倒れるので後ろの人に遠慮しなくていい。床の赤絨毯も高級感あります。窓は大きめで、しまかぜと同じく運転席部分もシースルーになってる。

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リクライニングなどのスイッチ。

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至極快適…なはずだったんですが、近くの三世代大家族が全員ノーマスクでずっと喋りまくっていて、テンションだだ下がり。。。自粛警察するつもりは全くないんですけど、さすがにそれは…と。車掌さんが3回くらい通ったのに声かけもなしでむしろお子様にしまかぜのノベルティをプレゼントしてて、それならマスクをちゃんとしてる私たちにしまかぜくれ!しまかぜほしい!(ほしかっただけかい)と思いました。(劇場ってたたかれがちですけど、確かにたくさん人は集まるもののノーマスクで喋りまくるシチュエーションないですからね。。。もっと身の回りに危険なシチュエーションあると思います。わたしも気をつけるしみんな気をつけよう。)

 

味噌煮込み@山本屋本店
母が名古屋出身ということもあって、冬場は常にストックがあるくらい溺愛している味噌煮込みうどん。せっかくなので、本家本元へ。

yamamotoyahonten.co.jp

10時OPENのエスカ店に直行。開店直後にもかかわらずなんと7割型埋まってました。
頼んだのは、ノーマルの味噌煮込み。おだしも全部飲み干した。ところで、このお漬物の正しい食べ方って一体…。

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◯らせんの練習@豊田市美術館
地下鉄〜名鉄豊田市美術館へ。土日祝日は地下鉄全線と市バス乗り放題のドニチエコきっぷなるものがあると耳にしてたので、買ってみた。意外と特典もいっぱいあります。

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www.kotsu.city.nagoya.jp

そもそも何故「らせんの練習」に興味を持ったかというと、芦屋に観に行った「四海の数」がきっかけ。この久門さんの作品が素敵で、軽率に遠征しようと思い立った。(舞台よりもアート関係の方が異様に遠征のハードルが低い)

www.museum.toyota.aichi.jp

kotobanomado.hatenablog.com

一時はコロナで閉館になったりして半ば諦めてたんですが、何とか滑り込めて良かった…(会期最終日)。ちなみに、今回の展示、どんな感じかなー?と事前にネットで調べてると、若い子たちの画像がやけにたくさん引っかかったんですよね。どうやら「映える」ということでインスタ女子が殺到したよう。結果、シルバーウィークは撮影禁止の告知がされてました。

豊田市まで1時間ほどで到着。駅から美術館までは徒歩15分。道順の表示がたくさんあるし、インスタ女子とおぼしききめた格好の子たちが歩いてるので迷いませんでした。

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久門さんの方は撮影禁止になっていたので、人も少なくゆったりと観れた(やっぱり撮影目当てなんやな…)。最初のForceという作品が圧巻でした。吹き抜けの空間を上部まで区切る無機的なホワイトキューブの壁面にいくつもの給紙トレイが備え付けてあって、時々そこから真っ白なA4用紙が舞い落ちてくる。毎回微妙に違う場所に落ちるので、私が行った最終日には、白い壁面に囲まれた床面の広い範囲に"白"が侵食していた。ここからはスロープで上の階に上がれる。スロープから見ると、この光景がまた少し違って見えるし、順路をたどっていくともう一度このインスタレーションが見える場所があるんですよね。かなり印象的でした。

他にも、繰り返しのようで横滑りしていくもの(まさに、らせん)、ズレ、亀裂の作品たちが並んでいた。「四海の数」から想像するに、もう少し大型インスタレーションがあるのかと思ってたので、そう言った意味では若干肩透かし気味ではあったものの、面白かったです。
コレクション展の方は写真OKだったので、一転、若い子たちがいっぱい。とある写真作品をバックに(わたしの感覚ではまったく映える気はしないのだけど)学生グループが何度も記念写真を撮っていて、さすがにそれは…と思った。(なんか今回そんなんばっかりやな)。ボルタンスキーの「来世」の方が映えません?(ひっかかるのそこ?)

kotobanomado.hatenablog.com

ここ数年、撮影OKの展示が増えて来て、SNS用の撮影のために若い子たちの集客が伸びている(チームラボはもはや確信犯)のはわかってるけど、マナーどうこうに加えて、単なる"背景消費”されていることにモヤモヤを感じている。(かたや、周囲を気にせずに1作品ごと時間をかけて撮っていくおっちゃんも発生しがちでそれにもモヤモヤするが)(ちなみに、オーディオアーキテクチャーではおっさん×インスタ女子の合わせ技でこんなこともありました)。

zeijakunakaiba.blog.fc2.com

わたしもカメラを持ち歩いているので撮影OKのところでは撮りますが、もちろん記念写真は撮らないし、美術館内は極力邪魔にならないようにどうしても撮りたい場所だけささっと撮って移動してる。そういう肌感覚的にわかるはずのことを1から10まで美術館側が明文化しないといけないのか。それにそもそも、これは美術館が小手先で注意喚起や禁止すれば解決する話ではなくて、「映え」への欲望を含む受容の変化とアートの関係性の話なので、もっと根本的に考えていかないといけない類では、と思っている。

庭へ通ずる別出口。

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この右部分がスロープになっていて上がっていくと、なんと水面。

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サプライズ感ありますよね。谷口吉生さんの設計。

お庭を見下ろすと。

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水面のフロアには鏡状になった屋外作品が散在していて、ここにも映えを求めるインスタ女子が出没していた。

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作品内に入ると、即席タレルの部屋。

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水面の向こう岸から見た美術館。意外とこの辺りは人少なめだった。

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遊歩道が続いている。めちゃくちゃ広い。

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見る場所によってまた表情が変わってくる。

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ちなみに、このさらに奥は全く違った雰囲気。見えている建物は又日亭。こことさらに右側にも童子苑というお茶室があって、そこでは久門さんの作品も一つ見られた。不穏な重低音がついて回った主会場とは打って変わって、無音の中のズレが淡々と。

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ぐるっと探索した後、美術館に併設している高橋節郎館で漆の作品も見た。漆工芸はもちろん今まで何度も見たことがあるけど、ここまで絵画作品的なものは初めてだったかもしれない。ちょっとこれまでの概念にないものだった。

cul-takahashi-memorial.or.jp

想像以上に広くて多面性のある場所でたっぷり楽しめた。名古屋の中心地から離れているけど、行く価値は十分にありましたね…。

 

◯文化のみち 二葉館
バスにも乗ってみたかったので、豊田市から名古屋に戻ってからバスで飯田町まで。20分くらい。名古屋駅のバスターミナル、綺麗だった。

住宅街にいきなり現れる洋館。

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宝塚ファンにはお馴染み(なのか?)川上貞奴は、実は音二郎の死後に福澤諭吉の娘婿と結ばれていたらしく、2人が住んだ邸宅がこの二葉館。といっても、日本初の洋風住宅専門会社 あめりか屋が手掛けたものを平成に入ってから移築復元したものなので、一部基礎の煉瓦や配電盤などは当時のものが残っているけど、全体的には綺麗すぎて風情に欠ける。

www.futabakan.jp

ステンドグラスは杉浦非水によるもの。

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音二郎&貞奴時代の資料もあります。音二郎、ゴミ漁って怒られてたな…(夜明けの序曲の話)

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こういう階段を見るといつもレベッカごっこがしたくなる。

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2階は地元ゆかりの文学館とイベントコーナー(お客さんがいなさすぎて怖くて行ってない)でした。

 

◯文化のみち撞木館
二葉館から徒歩5分ほど。こちらは見るからに年季入ってる感じ。

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www.shumokukan.city.nagoya.jp

こちらは主に陶磁器の貿易商として財を成した井元為三郎の邸宅。名古屋といえばノリタケのイメージはあったけど、そもそも瀬戸物の語源が愛知県瀬戸市というぐらい古くから盛んなんですね。

大正、昭和時代には「ノベルティ」として海外向けの陶磁器グッズを生産、輸出してむしろ国内にはほとんど残ってないとか。これ、めっちゃ可愛い。

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何故かダチョウに乗る為三郎。やけにしっくりきてる。

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撞木館のステンドガラスはさりげなく部屋を彩る感じでした。

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玄関にも。

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1階部分は日本家屋が連なっていて、お庭にはお茶室もある。手前に見えてるのはこの日はお休みだったカフェ。

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二葉館も撞木館も観光地というより、地域の人達のカルチャーセンター的な役割も担ってるようで地域に馴染んでいた。ちなみに、二葉館と撞木館はセット割で320円。ドニチエコキップ提示でも各160円に割引されます。

 

◯チョコレートパフェ@ピエールマルコリーニ
撞木館から10分くらい歩いて、高岳から地下鉄で名古屋へ。ミッドランドスクエアのピエールマルコリーニへ。

www.store.c-c-c.co.jp

こちらはエスカと打って変わってハイブランドおしゃれ系。
まだ入社2年目の頃、出張前乗りをして東京で遊びまわっていた時にたまたま入って食べたパフェがあまりに美味しすぎた上に、窓越しに黒柳徹子が歩いているのが見えて、東京ヤバイ…!!!(白目)となったピエールマルコリーニの思い出…。待てど暮らせど大阪には来ないのですが、名古屋にはある…!名古屋最高!

何回食べても目を剥く美味しさですね。

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普通、生クリームって単なるアイスの傘増しっぽいじゃないですか。でも、ここのクリームは異様に美味しくて、永遠に食べてられます。

実はここでもドニチエコキップが使えて、チョコをプレゼントしてもらいました。こういうささやかな特典、うれしい。

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きしめんきしめん
帰りもエスカへ。ところで、よく大阪の地下がダンジョンって呼ばれるけど、名古屋の方が迷宮では…?全然うまく行き来できなくて彷徨いまくりましたね…。
きしめんよしだに行くはずが、まさかの定休日で休み…祝日やのに。というわけで、時間もなかったので、ささっと山本屋本店でお土産を買って、同じエスカ内のきしめん亭へ。

www.kishimentei.co.jp

帰りの電車まで時間がないのにもかかわらず、あんかけを頼んでしまうのが残念なわたしクオリティー。舌を大火傷しながらなんとか完食。

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◯帰路

お宿にゆっくり泊まる旅も好きですが、こういう一人弾丸日帰り旅も好き。久々だったこともあって、しみじみ楽しさを反芻しながらビスタカーで帰った。今回は特に、国内旅行アイディア帳に書いていた日帰りプランだったので、それが実現したっていうのもちょっと達成感もあったり。

kotobanomado.hatenablog.com

次は犬山の明治村~岐阜 多治見に日帰りで行きたい。JRから出ているお得なきっぷ(ぷらっとこだま)だったり、go toが使えるJR東海ツアーズのフリープランも見つけたので、早くも次の計画を進めてます!

宝塚宙組『壮麗帝』感想

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今まで観てきた舞台作品の中で、何が目の前で起きてるのか一番わからなかったのはこの移動式舞台なのですが、そこまでとは言わないものの、似た匂いを感じました。

まずオープニング直後の幕前芝居で何が起きてるのか、よくわからない。宝塚にありがちな説明台詞調の芝居が全然頭に入ってこないんですよ…。①オスマン帝国内の覇権争い②王族の家族構成③スレイマンの未来の妃マヒデヴランのことが、一気に説明されているはずなんですけど、頭に残るのはスレイマンの妹ハティージェのどうでもいい台詞「ちょっと見たいものがありますので、先に行ってますわ」なんですよね。「ちょっと」見たいものとは…と異様に気になってしまう。

語学力の極めて低いわたしがやりがちな失敗なので間違い無いと思うのですが、書き手として洗練されてないと、無駄な修飾語や副詞を入れがちで、台詞のひとつひとつが引っかかってくる。「なかなかに毛色の違った」とかも無性に気になった。そして、流れを削ぐだけのセンテンスやダイアローグとして不自然な部分(スレイマンとイブラヒムの「早かったな」「そうですか?」とか)もたくさんあって、一くんだり、一エピソード単位の面白い/面白くない以前のところで台詞が整理されてなくて、一向に話が入ってこない。ちなみに、ハフサ様登場の歌が思いっきり「王家に捧ぐ歌」テイストで、語彙力がないとこの曲調になるのかなと思いました。

物語としてはトルコに場所を変えただけで、「王家の紋章」だとか「天は赤い河のほとり」のような典型的な王朝もの。なのに、悪い意味でその王道盛り上げフォーマットにのっていかず、ある意味オリジナリティが高いといえるかもしれない。今回の作品なら、ヒュッレムとの恋模様、他国との対立、宮廷内の権力抗争、家臣との絆や裏切りのような、いくつかの要素が複合的に掛け合わさって初めて盛り上がると思うのですが、ヒュッレム毒殺の話が降ってわく→女官長が猛烈に長い説明台詞を発して毒殺失敗、ヒュッレムの体調が悪い話が降ってわく→次のシーンでヒュッレム急逝のように、伏線を仕込むどころかそれぞれの要素の因果を健忘症的に並べ書くのが精一杯で、物語運びの動線ができていない。ずっとその調子なので、要素ごとにばらけたまま掛け合わさって化学反応を起こすことがなく、ドラマとしてうねりが起きない。

浅学なもので、史実としてのスレイマン大帝とヒュッレムも、史実を元にしたドラマや漫画が存在することも観劇後に知ったのですが、それなら余計に何とかなったのでは…と思ってしまいました。

他の王朝物にはないモチーフとしては、ハーレムという特殊な設定があるわけですが、説明台詞以外に特に描かれない。当然ながらすみれコードがあるのでそこまで際どく描くことはできないけど、逆に宝塚ならではの華やかにショーアップしたシーンで見せられたのでは(というか、全体的に台詞で解決しようとするきらいがあるのですが、台詞が書けないならそういうシーンで誤魔化せばいい)。あと、スレイマンとヒュッレムのラブシーンでは、樫畑先生の萌シーンらしいものがいきなり挟まるんですが、スレイマンの人物像が全く描かれてないままなので、ただのエロオヤジにしか見えなくて(妊娠という言葉も頻発して生々しいし)本当にキモかった(こういうジェンダー観が年々無理になっていて、そもそもこういうシチュエーションに全くトキメキも萌えも感じられないという私の問題も大きいけど)。

ハーレムと宮廷内での権力闘争は、本来、ヒュッレムを中心とした女の話なんですよね。ヴィランズとして描かれているのはマヒデヴランだけど、ヒュッレムも、いかに皇帝に認められて地位を築くか、というハーレムで覇権を争うしたたかな女性の一員だと思うので。でも、これも男役中心の宝塚で描くには限界のあるモチーフでしょうし、おそらくそこをつっこんで書くスキルもないので、あっけなく終了。スレイマンだけでなくヒュッレムの人物像も宙ぶらりんになってしまう。

王朝もののフォーマットに則って、要素を整理していけば目新しくなくともそれなりに宝塚らしい作品はなったと思うので、逆に何でこうなってしまったのか不思議。でも、これを見る限りでは今回の作品がたまたま不出来だったというよりは、劇作家として確立していないレベルだと感じました。わたしはこのチケット料金、規模感でましてや今後、大劇場でやっていくにはキツイと感じたけど、SNSでは絶賛されていたり、逆に、知人談では「デビュー作では伏線回収すらできてなかったので大進歩!」ということで、おおぅ‥となっています。

桜木さん主演作として観ても、元々衣装に着られがちな桜木さんに、何故わざわざこんなデカめのコスチュームプレイをさせてしまうんだろう…というのが一番の感想。さっき書いた通り人物像が描けてないのでお芝居としてのしどころもないし。

相手役の遥羽さんは終始OL口調で不出来な台詞を不出来なまま発していて逆に正しさを感じた。2番手ポジションの和希そらさんはフィナーレの群舞が最高すぎたので、もうそれだけでこの虚無作品を観た甲斐があった気がしました。鷹飛さんは悪役だからか余計に男役らしく発声を作りこもうとしてるようだったけど、ちょっとスパイラルに陥ってる感じ。

 

宝塚再開は喜ばしいことなのに、何で一発目の感想がこんななんだろう…(遠い目)。観劇の機会が減って観られる作品が自ずと絞られてしまうと、見る目がシビアになってしまいますね!(ということにしておきます)

Kミュージカルシネマ『モーツァルト!』配信 感想

見れずじまいで不貞腐れていた韓国版『モーツァルト!』のオンライン配信。アンコール配信でようやく見ることが出来ました!国内の観劇ですらままならない中、まさかこういう形で見られるとは思ってなかったので、本当にありがたい。

piakmusicalmozart.com

キャストはこちら。

ヴォルフガング:キム・ジュンス

コンスタンツェ:キム・ソヒャン

コロレド:ミン・ヨンギ

オポルト:ホン・ギョンス

ヴァルトシュテッテン男爵夫人:シン・ヨンスク

ナンネール:ぺ・ダへ

ウェーバー夫人:キム・ヨンジュ

シカネーダー:シン・インソン

アルコ伯爵:イ・サンジュン

演出:エイドリアン・オズモンド

 

モーツァルト!』は、ウィーン初演・新演出版、ハンガリー版を映像で、日本初演・新演出版を生で観てきているはずなのですが、なんせ脆弱な海馬なもので、引き合いに出しながら間違ってたらすみません。(自分の記憶力に自信がなさすぎる)韓国版は初観劇です。

まず、日本版のオープニングって、新演出版でも「モーツァルトモーツァルト!」なんでしたっけ?(いきなり問うスタイル)日本版のオープニングだと、レオポルトや取り巻きが賛美するヴォルフガングの天才ぶりにフォーカスが当たって「天才モーツァルトの生涯」として物語が始まり、アマデとヴォルフガングの関係性を主軸に展開する。

韓国版はオリジナル版に沿っていて「奇跡の子(Was für ein Kind!)」から始まる。こちらのバージョンだと、赤いコートをマリア・テレジアから褒美として受け取るくだりがあって、何故、大人になってから新調するほど気に入っているか、わかりやすいし、この赤いコートって、アマデ(神童)時代の象徴であると共に、高貴な身分に音楽を捧げることによって庇護を受けることの象徴でもあって、途中でコートを脱ぎ捨てるくだりまで含めて、彼の音楽家としての思想を示す重要なアイテムだと思うので、オープニングでその由来を入れてくるのは、正しさを感じた。

音楽的にも「モーツァルトモーツァルト!」のように重々しくなく、アマデの子供らしい振舞いに父親が突っ込みながらも、最後にはレオポルトの本音も滲んで、レオポルトの人となりや家族関係がクリアに伝わる。日本版には登場しない母親役やナンネールが子役であることも要因かも。

1幕のその後はかなりオーソドックスで、爽やかすぎるジュンスヴォルフガングにちょっと戸惑ったぐらい。これが2幕になってくると、ギアチェンジしてくる。元々、ヴォルフガングはアダルトチルドレンとして描かれていて、日本の新演出版でも、この辺りはかなり整理されてわかりやすくなった印象でしたが、親子、そしてナンネールも含めた家族の話としてより深まっていたことに衝撃を受けた。(ウィーン新演出版でもレオポルトの印象が強かったけど、なんせ言葉がわからないので、そこまで理解が深められてなかった)

とりわけ印象的なのは、2幕、ヴォルフガングがウィーンで成功を収め、一緒に喜びを分かち合えると思って呼び寄せたレオポルトに拒絶されるシーン。ここでレオポルトははっきりと「今や息子が光となり私が陰になってしまった」って独白した上で(日本で言ってる印象がない)、ヴォルフガングを一切褒めることも認めることもなく、とにかく難癖をつけまくる。その前には、コロレドの元に自分の孫を連れて行って、彼がヴォルフガング同様「私の血を受け継いだ」奇跡の子であり、「天才は(自分が)”作り出せる”」と断言するヤバいくだりもある。この2つのシーンから、レオポルトにとってヴォルフガングはいつまで経っても自分自身に付属するもので、彼へ向ける愛おしさは結局、自己愛の延長に過ぎないということが痛いほどわかるんですよね。なので、自分の力なしで成功した息子を受け止めることはできないし、愛情なんてなおさら。そして、レオポルトはその「愛さない」呪いをかけたまま、死んでいくわけですが…。で、これまた衝撃だったのは、この後の「何故愛せないの」の歌詞が日本版とニュアンスが違ったこと。日本語では「思い出だけ抱きしめ」となっているフレーズが「幼い頃の自分をしまっておく」(的な)になってて、「思い出」っていうと「お父さんと一緒に歩んだ記憶を忘れずに」という意味かなと思ってたんですが、この文脈だと「天才(神童)としての自分」なんですよね。父からの愛情が「天才(神童)としての自分」にしか注がれないことに慟哭しながら、それでも父が望んだ天才アマデと決別して、自らの人生を生きる宣言をする、ってことで。ジュンス絶唱も相まって、あまりに壮絶なシーンで、鳥肌総立ちでした。

神話を始め古今東西の物語には「父殺し」のモチーフがありますが、このミュージカルはむしろ「父殺しが出来なかった」悲劇なんだなと気づく。正しく父を乗り越えられず、父の死後まで続く呪いによって殺されてしまった王子の物語。ヴォルフガングを権威的に縛っているのはコロレドも同じで、第二の父的な存在だと思うのですが、彼はレオポルトに「天才は作り出せる」と言われても、そんなのまやかしであることに気づいているんですよね。自分の理性の範疇を超えたヴォルフガングの才能を認めた上で、自らの権威付けのために利用しようと画策しているので、もはやレオポルトより可愛い気あるのでは疑惑が‥。レオポルトが亡くなった後のヴォルフガングとコロレドの追加曲(「星から降る金」と似通う人生の選択について説いた曲。でも選ばせようとする道は真逆)で、もう一度ヴォルフガングを支配下に置くべく、何度振られても構わず口説きまくる猊下。でも、ここでもヴォルフガングは1幕同様、頑として拒絶するんですよね。何故第二の父コロレドに対しては真っ当に闘って倒せるのに、レオポルトにはできないのか。これが「愛」と「家族」という呪いなんでしょう。

「私ほどお前を愛するものはいない」か「プリンスは出ていった」(うろ覚え)で、ナンネールとレオポルトが壊れゆく家族について歌う時、子役ナンネールとアマデが駆けていく回想シーンが挟まるとか、ヴォルフガングがナンネールの結婚資金を送ろうとする時ナンネールの幻が現れるとか、そういう細かな演出も「家族」の物語性を強めてましたね。それに、ヴォルフガングが死の間際に「王子は王となった。金の星を探したけど幸せは見つからなかった」(これも日本版の印象がないんですけど歌ってます‥?)的な歌詞があって、ナンネールが歌う「私がプリンセスで弟がプリンス」だとか「プリンスは出て行った」のモチーフと「星から降る金」の王と王子の寓話が重ね合わさる。男爵夫人に導かれコロレドを退けて自ら選びとったはずの人生に、虚無感が一気に押し寄せて、ぞっとした。かたや”プリンセス”だったナンネールはヴォルフガングのために自分が主役の人生を送れていないはずで。プリンスからキングになろうが、プリンセスになれなかろうが、たどり着いた先は虚無っていう。これって結局『エリザベート』でいう「Nichts, Nichts, Gar Nichts(何も何も何もない)」なのでは、と震えた。

エリザベートの傍らには甘美なトートがいたけれど、ヴォルフガングの傍らにはアマデがいて、ナンネールにはやはり子役のナンネールがいる。日本版のアマデがヴォルフガングと表裏一体にである一方で、韓国版は出番も絡みも限られていて一見印象が薄め。日本版だと、導入部からしてアマデ=「ヴォルフガングの卓越した才能の象徴」というイメージだけど、韓国版は「神童だった幼き日の自分そのもの」なんですよね(そして、ナンネールの子役もまたナンネールの回想シーンにアマデのように登場する)。挙句の果てには、2幕最後の「影を逃れて」リプライズでは、舞台上に誰も登場せず、ようやくヴォルフガングが現れたと思いきや、彼の目の前でアマデとレオポルトが熱く抱擁し合うという悪夢を繰り広げてくれて、どこまでも影を逃れられないし、何も何も何もないのだと虚無の眼差しになりました。愛とは、家族とは、大人になることとは、自分の人生を生きることとはどういうことなんだろう…(泣きそう)。

それでいうと、これまであまり考えたことなかったけど、コンスタンツェもまた別の形で、親に支配というか搾取される人生を送っているんだな、ということを今更。プラター公園での再会シーンで共鳴し合う二人の心の根底にある寂しさをひしひしと感じた。それに、「ダンスはやめられない」の歌詞が、日本版では直接的に表現されていない「自分の人生を生きたい」というニュアンスが強く、凡人とか天才とか関係なく、コンスタンツェも自分の人生を生きることがままならず、もがいている人なのだと思った。みんながみんな、もがいている…(再度泣く)。

キャストは、さすがにみんな歌がお上手だった。ヴォルフガングは1幕の時点ではこの感じでどういう風に2幕を展開していくんだろう‥という良い子ちゃんなお芝居だったのですが、2幕のギアチェンジが凄まじかったのと、全体を観ると「父と子」という軸が見えて1幕の芝居にも納得した(ところで今までそんなにまじまじとジュンスを見たことないけど、こんなにぽちゃっとしてましたっけ?)。コロレドは良い声だったけどもう少しオーラが欲しい。レオポルトは理想的。アルコ伯爵の悪い顔が忘れられません。

あと、装置は、迫り出す階段やキャンピングカー風のウェーバー家など何となくオリジナル版を彷彿とさせるようなものがいくつか。背景は映像(あまり良くなかった)で、全体的にはオーソドックスな作り。照明は多い緑・青・紫系をよく使っていて、照明プランナーも招聘かなと思ってたんですが、クレジットを見る限り韓国の方でした。韓国ミュージカルはプランナーを海外から招聘してくるイメージが強く、そこで得たノウハウなのかもしれません。

 

以上、感想でした。

面白かった!素晴らしかった!という気持ち以上に、ウィーン版『エリザベート』を観た時同様、今まで観せられてたん何やったんや(泣)感があり、大きな衝撃を受けました(小池先生への不信感が募る一方)。今回の日本語字幕は、明確かつかなり具体的に表現されていて、これが字幕上補完したものなのか元の歌詞から情報量が多いのかは気になりますが、どちらにせよ日本歌詞よりもずっとオリジナル版のニュアンスを汲んでると思うので。もちろん、これを家族の物語として更に深めた細やかな演出も素晴らしかった!

来年や再来年は韓国へ行けるようになってるんでしょうか‥最近コスメやドラマでも韓国にハマりつつあるので、早いところ行きたいな…。

5月のたしなみ。

在宅勤務2か月目。ヨガに始まり、映画や芝居を観て、ヨガして、本読んで、ヨガする生活…慣れました。ひょんなことから韓国ドラマ「愛の不時着」が流行っていることを知り、ネタとして見始めたらすっかりハマってしまって、後半は鬼のように韓国ドラマ(というかヒョンビン氏)ばかり観ていましたね…。自粛期間中でなければ、バンダースナッチ目当てにNetflixに入ってなければ、それと、アマプラで韓国映画を観る流れができてなければ観ていなかったと思うので、タイミングってあるなぁ…と不思議な感覚です。とりあえず、また一つ趣味が増えました。

5月のたしなみ 演劇・パフォーマンス配信編はこちら。

kotobanomado.hatenablog.com

Netflixアマゾンプライムで観た映画と漫画少しと在宅あれこれ。

「グッドナイト・マミー」@Netflix

4月からうっすらと続いている「怖いお母さん」シリーズ。早い段階でオチは読めてしまうけど、空気感は好き(ただし、ちょっと"痛い")。

「バイバイマン」@Netflix

名前を呼んではいけないあの人の話。ビジュアルまで「例のあの人」に似ていた。怖い以前にツッコミどころが多すぎましたね…。



「エヴォリューション」@prime video

「エコール」の男女逆転版的なものかと期待してたのですが(同じルシール・アザリロヴィック監督)、もっとえげつない話でした。「エコール」がジェンダーの話ならば、こちらはセックスの話。ただし男女の性的役割が逆転している。設定は興味深いけど、"痛い"シーンが私の許容範囲を超えていて、あまり好きにはなれなかった。

「ミッドナイトインパリ」@prime video、Netflix

ウディ・アレンです。作家志望の男性が憧れの1920年代のパリにタイムスリップして、フィッツジェラルド夫妻やヘミングウェイら著名な文化人たちと交流を重ねていく話。タイムスリップと言ってもSF的な装置は登場せず、街角にプジョーが迎えにくるのがいい。

「女神は二度微笑む」@Netflix

歌い踊らないサスペンス系インド映画。インド映画特有のクドさみたいなものに慣れるまで時間はかかるけど、馴染んでしまえば面白かった!インドならではのお祭りシーンにも高まりました。真打ちの殺し屋より一見人当たりの良さそうな森永卓郎似の殺し屋の方がよっぽど怖い。 

「魔術師」@prime video

ベルイマン。降霊術的なものが見れるかなと思ってたんですが、なかったですね…。 

ノクターナル・アニマルズ」@Netflix

小説家志望の別れた元夫から届いた小説世界が映画の半分を占める。受け取った妻側の解釈によって読み進められ(映像化され)るので、小説の主人公は元夫の姿をしているし、その妻と娘も自分たちの姿そのまま。なのに、小説内の妻と娘は読み始めて早々、ヤンキーグループに残虐なやり口で殺されてしまう。展開に気味悪さを感じつつも、次第に自らの犠牲も厭わず殺された二人の復讐しようとする小説の主人公に、元夫からの愛情を感じ始める。けど、それはあくまでも彼の独創性を信じていない元妻側の読解であって、むしろ元夫が妻のキャラクターを投影していたのは、日常の幸せを突然に奪い、彼を「弱い」と罵った殺人鬼達ということだったのかな。妻、ぬか喜びの話。ちなみに、現夫役はアーミー・ハマー。ご尊顔を拝する時間がわずかしかないので、刮目しました。


紳士は金髪がお好き」@prime video

マリリン・モンローの一挙手一投足から目が離せませんでした…可愛い。恵まれた容姿の魅力を最大限に引き出す表情、衣裳の着こなし、ポージング、仕草。あまりに完璧過ぎて怖いくらいにチャーミング。可愛い…。

「疑惑」@prime video

米倉涼子黒木華でドラマ化もされていた松本清張原作の映画版。岩下志麻桃井かおり岩下志麻さまのオーラもそれはもう素晴らしいのですが(役柄もあってか吉田羊っぽかった)、何より、桃井かおり桃井かおりっぷりに感服しました。
 

「ザ・ボーイ」@Netflix、prime videoと「エスター」@Netflix
 

両方とも先行作品(私が見たことある中では、前者は「アナベル 」、後者は「オーメン」)のイメージをうまく利用した映画。主人公の拗らせっぷりが、どちらも怖いとか哀れとかいうよりも他人ごととは思えませんでしたね…気を付けよう(感想がおかしい)。でも、前者は終盤かなり笑える。後者は子役の演技力に目をひん剥きながら、誰かに似てる…とずっと思ってたんですが、天寿光希でした。(ファンの人、怒らないで)
 

否定と肯定」@prime video

観ないとなーと思いながらずっと後回しにしていて、劇団チョコレートケーキの流れでようやく。ホロコースト否定論者がホロコースト研究の大学教授から「歴史修正主義者」と名指しされ名誉毀損で訴えたところから始まる法廷対決もの。
イギリスの裁判では原告側ではなく被告側に立証責任があるため、原告側の誤りを証明できなければ勝訴できない。つまり原告側の唱えるホロコースト否定論を論破することが裁判の焦点になるので、おのずと史実の正しさを争うことになる。ここで大活躍するのが理知的な戦略(ホロコースト生存者に証言台に立たせない。レイシストとは同じ土俵に立たせない)と、学者顔負けの膨大な勉強量で的確に論破していく弁護士さん達。カッコ良すぎて泣けてきます。
と同時に、今の日本の状況を見てもそうですが、歴史を証明することの難しさも感じる。真実をねじ曲げてでも自分の主義主張を通したい人たち、さらにはそれをエサにヘイトをまきちらす人たちがたくさんいるわけで、その人たちに対してきちんと論拠を示して論理的に誤りを指摘する必要性。ましてや、一般社会では裁判のように鮮やかに決着はつかないですよね。それでも、脊髄反射的にではなく(それは同じ土俵に立つだけですね)時間をかけて粘り強く、客観的事実と知性を持って不正と戦わなければならない。全ての時代の人のために。誰かの都合の良いように、過去生きていた人たちの人生をなかったことにしないこと、今生きる指針を誤らせないこと、将来過ちを繰り返さないこと。
 

「しらなすぎた男」@prime video

ヒッチコックの「知りすぎていた男」をもじったタイトルからしてわかるようにコメディー。97年、ビル・マーレイ主演。プライムの作品一覧をだらだら見ている中で、あらすじに「演劇体験ゲーム」とあって、これはイマーシブシアターなのでは?と思ったら、当たりでした。芝居の世界と現実世界を取り違えるというのは鉄板ネタですが、ほとんどが映画という中演劇というのも面白いし、最後までドタバタ感が途切れず、めちゃくちゃ良い掘り出しものでした!ちなみに、prime videoで検索する場合は日本語タイトルで検索すると何故か引っかからず、The man who knew too littleで出てきます。
 

「ヘアスプレー」@prime video

あらすじもまともに知らないまま観たので、こんなにエンパワメントしてくれる作品とは…と衝撃を受けながらほぼ全編泣きながら観ていた。この文脈を知ると、(残念ながら中止になってしまったけど)日本初演版の渡辺直美さんの起用は、彼女のこれまでの活動を踏まえても必然だったんだなと感じた。あと、ようやくザック・エフロンの顔と名前が一致しました。


万引き家族」@prime video

是枝さんの映画は「誰も知らない」と「そして、父になる」、「三度目の殺人」の3作しか見たことがない。「三度目の殺人」は若干毛色が違うので置いておいて、擬似家族をモチーフにすることで、2作の要素(+まだ観てない他の作品も?)がミックスされ、身近な社会問題や家族のありかたをいくつも切り取っていた。中盤までは、フリーダムな樹木希林の力で、私のイメージする是枝作品(=静謐かつ緻密、丁寧に制御されたシーンの連続)がねじ曲げられている感じがしていて、それが歪な擬似家族にマッチしている反面、なかなか飲み込み難かったけど、この樹木希林演じるおばあちゃんの唐突な死が単なる起承転結の転にとどまらず、空気感を一変させてたのが面白かった。一気にノイズが消えてシンとする感じ。

よしながふみさんの漫画を読んでから興味を持っている、家族とか恋人とか友達のような大きな括りからこぼれ落ちてしまった(もしくは、なり切れない)、名づけられない、余白の関係性がだんだんと露わになってくる。(そういえば、家族なのに他人の振りをする「パラサイト」と他人なのに家族の振りをする「万引き家族」って裏表になっていて面白い)。貧しく、力を持たない人間がどう生き抜いていくか。彼らを結びつけていたのは犯罪だったけど、犯罪「だけ」ではなかった。自分で自分を殴る孤独感と闘ってたら、やっぱりスイミーしたくなるよね。

 

「ブラックレイン」@prime video

ロケ地が大阪ということで一度見たかった映画。道頓堀とか阪急梅田コンコースとか、関西人にとっては身近な場所ばかりでかなりテンションが上がる。「ブレードランナー」的にかなり脚色されたヤバいアジア・日本像なんですけど、そのセンスがい抜群…と思ったら、これもリドリー・スコットだった。そのくせ、いきなり阪急の包装紙をぶっ込んでくるリアルさとのギャップや、80年代におけるアジアに対するイメージや脅威、偏見みたいなものもひっくるめて面白かった。ハードボイルドな高倉健も味があるのですが、なんといってもヤクザ役の松田優作が完全に振り切れていて、ヤバい日本の世界観にマッチしている。今まで見た映画のヤバいキャラクターランキングでかなり上位に食い込みそう。

 

「ブラッククランズマン」@prime video

「ヘアスプレー」からの流れで観てよかったかもしれない。時代背景的には「ヘアスプレー」の10年後。黒人とユダヤ人の警官が白人至上主義集団KKKの潜入捜査をする実話を基にした作品。名前だけ知っていたグリフィスの「國民の創生」が出てきて、びっくり。映画史的に重要な作品という認識だったのですが、KKKの活動を活発化させる要因のひとつだったんですね。。映画初期の作品なので、映画の立ち位置が今とまるで違うと思うのですが(記録映画が多かった?)、その影響力に驚くとともに、今再び、映画に社会を変える力を込めようとしているのが伝わってきた。わたしは登場人物の台詞を利用して作り手がそのままメッセージを発するような作品は好きではなく、これもちょっとダイレクトなメッセージが強すぎる(語りすぎる)と感じたのですが(ラストの、現代の極右集団の実際の映像の挟み込みも含め)、トランプ大統領が就任した2017年に製作、翌年に公開ということで、強い危機感ゆえなんだろうなぁ…という納得はした。劇中のレイシストたちの吐き気がするようなヘイト発言って、SNS上で日々繰り広げられてる内容と同じですもんね。スパイク・リー監督の作品はプライムビデオにいくつかあるので、引き続き観ていくつもり。



本・漫画もいくつか。

 

「目の見えない人は世界をどう見ているか」

数年前から、ダイアログインザダークや視覚障がい者の方の美術ワークショップに興味を持ちはじめ、健常者が目の見えない人に一方的に教えたり誘導するという力関係だとか、見える-見えないの二項対立ではなく、もっとフレキシブルな関係性や身体性があっていいのでは、と感じていた。あと、昔の創作物の中の視覚障がい者の人を見て、現代との違いが気になってた。歌舞伎で、盲目の人は大抵あんまとして登場するんですが、日常生活を送る上で、そりゃあ今よりもバリアはフリーじゃなかったと思うけど、視覚に障がいを持ってるからといって特別視されてる風情がなく、あんまとして頼りにされ、みんなと軽妙に冗談の言い合いをしている姿が登場するんですよね(もちろん創作物なので、それが当時のリアルだったかはわかりませんが)。一方で、正直、わたしは視覚障害者の人と出会ってコミュニケーションを取る場面になったら、「失礼のないように何とか切り抜けなければ!」みたいな緊張感を感じると思う(私の場合、ただコミュニケーションが苦手なだけともいえる)。時代を経て福祉的にはバリアフリーが進んだはずだけれども、同じ社会の一員として身構えずに自然にコミュニケーションを取ったり、それぞれ持つ役割や個性を尊重し合うことは現代の方が希薄なのでは…?そういう違和感のかけらみたいなものが積み重なっていた時に出合った本でした。

自分と異なる体を持った存在に対して、想像力を働かせて(変身して)みること。自分が当たり前だと思っている自分の体や知覚の隠された可能性に気づくこと、自分にとっての世界(環世界)を相対化してみること、自分と異なる体を持つ人への勝手な思い込み、独りよがりの善意がないか。どれもわかりやすい例を挙げながら、違和感だったり思い込みを丁寧に解きほぐして、発想の転換を促してくれる。先に挙げた美術ワークショップの「見えない」ことを触媒にして、試行錯誤しながら作品を語る言葉が、新たな解釈や知覚を生んでいく話は特に面白い。障壁をマイナスではなく当たり前を疑い新たな可能性を探る一手と見る、出合えてよかった一冊でした。


金田一37歳の事件簿」 1〜4巻

自信の塊だった金田一少年が、人並みに空気を読む、しがない37歳のサラリーマンになり果てている。外伝の内容も受けて(アプリで毎週楽しみに読んでた)、犯人側の存在感が膨らんだ気がします。内容もちょっと大人向け。

 

「あげくのはてのカノン」

SF×不倫というキャッチコピー。世界観とか修繕による心変わりのようなSF設定は好きだったのですが、ヒロインの狂気的なテンションに食傷してしまった。でも「変わらない」ってそういうことなんですよね。「寝ても覚めても」の気持ち悪さを思い出した。


「マッドジャーマンズ」

 

数年前から、海外コミックス(今までバンドデシネと呼んでたんですが、定義としてはフランス語圏のコミックスを指すようなので)を少しずつ集めています。

私が選んできたものがたまたまなのかもですが、個人の記憶と結びついた作品が多くて、他のどのメディアにもできないコミックスならではの表現にいつも驚かされる。今回の「マッドジャーマンズ」も3人の記憶を頼りにアルバムを開いていくような感覚で、内容にも表現方法にも圧倒されました。
 
その他在宅あれこれ。

ヨガ

Lotus Yogaを有料にアップグレードして、朝昼夕晩、合わせて1時間半くらいのメニューを毎日続けてます。体重は変わってないけど、下っ腹が明らかに変わった…。ブリッジもできるようになったし、体が軽くしなやかになった気がする。これは自粛期間が終わっても続けていきたい。 
 

麺お取り寄せ

GW辺りに麺を食べたい欲が爆発してしまって、お取り寄せしたもの。麺の充足感って麺でしか味わえないですよね…(当たり前)。多幸感に包まれました…。まだいくつか頼んでいるので、後半も堪能します。

夏の京都予約めぐり

大規模改装&杉本博司展ということで、開館を心待ちにしていた京都市京セラ美術館。京都府外からの来館も受付始めたので、いざ行ってきました!せっかく京都まで行くからにはと思い、周辺の気になるお店にも。気付いたら予約めぐりになっていました。

京都市京セラ美術館

3年間の改修ののちついにリニューアルオープン。

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今は感染予防対策からHPからの完全予約制に。予約した30分幅以内に入館する決まりになってます。

kyotocity-kyocera.museum

事前情報をほぼ入れずに行ったんですが、なんと、エントランスが地下になってた…!地下まで続くなだらかなスロープが斬新。

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ちなみに、SDカードの中にあった改修前の京都市美術館(2015年RAPASOPHIA)。以前は普通に1階から入ってました。

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ガラス張りになっている地下の真ん中部分から、予約メールのチェックと検温を経て入場。地下の窓に面した両翼部分はそれぞれカフェとミュージアムショップになっていて、とてつもなく小洒落回しています(そんな言葉ない)。入口から直進して大階段を上ると、1階の吹き抜けに繋がる。

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このすり鉢スロープ→大階段→吹き抜けのアプローチが楽しすぎて、吹き抜けに出た時には思わず、うわぁ…と声が漏れました。あまり時間がなく2階部分は探検できていないので、次回は必ず。

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ここ、PARASHOPHIAの時はこんな感じだった。

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そう、PARASOPHIAを振り返ると、単なる作品の展示を超えて京都市美術館そのものを見つめる企画にもなってて、地下も公開されていたんですよね。戦後、米軍に接収されていた頃の名残り。今となっては貴重ですね…(下手くそながら写真撮っててよかった)。

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吹き抜けからさらにまっすぐ行くと…

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開放的なガラス張りの廊下…!目の前には中庭が広がっている。

f:id:kotobanomado:20200628133506j:plainf:id:kotobanomado:20200628133518j:plain前田健二郎氏によるオリジナル建築を活かしながら、明るくモダンな装いに(青木淳氏デザイン)。建築って新たな体験を与えてくれるなぁ…とつくづく思う。思わぬ動線にわくわくしながら歩を進め、視線を変える度に景色が変わっていく。建物の正面を見た瞬間からサプライズの連続。f:id:kotobanomado:20200628133542j:plainf:id:kotobanomado:20200628133531j:plain

正直、京セラ美術館の造りがハイライト過ぎて、この後の杉本博司展は、京都だなぁ…という感想で終わってしまう。わたしが見たかった杉本博司展とはちょっと違って、京都という磁場をもって作品の神性を高める、みたいな作りになっていました。展示の要になっている三十三間堂の千手観音像の写真は中でも特に独特の空気に満ちていて、瞑想の場に。光、ガラスをモチーフにしてることもあってか、ここだけじゃなく、作品を照らす明かりが揺らめくように演出されていたのが面白かった(でもわたしはそれも含めてここで生み出されようとする神性に「蛸入道忘却ノ儀」的な胡散臭さ、エセ感を感じてしまったんですよね。それも含めて杉本博司氏なのかもしれませんが)。かなり受け手の「没入感」を要する展示でありました。そんな神秘的な演出の一方で、学芸員さんが積極的に来館者に語り掛ける仕様になっていたのには、ちょっとびっくりした。

鑑賞後は、中庭へ。ガラスの茶室を近くで見られる。これも杉本さんの作品<聞鳥庵(モンドリアン)>。面白い異物感。

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ガラス張りの廊下。外から見ても素敵な空間ですね。

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本来はお庭側からもチケットなしで入れて通り抜けができるようですが、今は予約制・検温チェックがあるので、一方通行に。ぐるっと正面へ回り再入場してミュージアムショップへ。

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BEAMSコラボのダサいのか洒落てるのか判断のつかないグッズは見送って、おみくじをひきました。お金を入れると、鶴が奥の殿に入ってご神託を携えてくるという凝りよう。清川あさみさんがプロデュースとのことでおみくじ自体も凝ったものが出てくるのかなと思ったら普通のプリントでしたね…。でも、最果タヒさんの百人一首 現代語訳がとてもエモーショナルでよかった。

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出口部分(通常ならここからも入れそう)にもミニ展示スペースがあって鬼頭健吾さんの作品が。鏡に映り込む色色色。

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ちなみに、この後トイレへのケータイ置き忘れが発覚という一騒動が起き、またまた再入場して、こいつ何回来んねんという冷たい視線を浴びながら検温を受けました(安定のポンコツぶり)。

無碍三房

美術館前から京都岡崎ループバスで知恩院山門まで。〇〇系統的なバスは複雑すぎてわたしの理解の範疇を超えているので、ループバスほどありがたいものはないですね。

www.city.kyoto.lg.jp

山門。圧倒的なスケール感。

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この辺りの地理が全くわからないので、趣ある寺社仏閣オンパレードに、これが噂の円山公園…!長楽館、ここなんや…!と驚きがいっぱいで、渾身のほほぉ…!を連発しながら歩いた。長楽館も行きたいリストに長年入ってるのですが、想像以上に風格がありましたね(写真が分かりづらい)。

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ここから坂道登って5分くらいで到着。老舗料亭 菊乃井が手掛ける喫茶、無碍三房。

kikunoi.jp

カフェは14時オープンでこの14時分のみ電話予約可能。数日前にあっさり予約が取れたですが、着いたら既に30、40人くらい並んでてびっくりした。半分は予約していない整理券待ちの人たちでした。カウンター席へ。お店入ってから気付いた。カウンター席は入ってすぐで、エスパー伊藤を隔てた奥がテーブル席になってるので、圧倒的にテーブル席の方が落ち着きますね(ちなみに、このエスパー伊藤名和晃平さんの作品)。

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とはいえ、床は美しいタイル、目の前には緑が広がって良い空間です。

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めちゃくちゃ暑い上にマスクでグロッキー状態だったので、抹茶パフェにしました。

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濃厚な抹茶アイスに小豆、白玉、カステラ…これぞ大人のたしなみ…(目を閉じる)。上質なクールダウンができました。(しかし、この趣とは裏腹に、次の予約時間が迫っていて、実は気が気じゃない状態でこの写真撮ってるし、この後、小洒落すぎてて全くすくう気のないガラススプーンで必死にアイスをえぐり取り猛烈な勢いで食べて風のように去った。)

山本麺蔵

迫っていた次の予約は、京セラ美術館裏手にある人気うどん店でした。

yamamotomenzou.com

ここの予約が最難関。期間限定で当日9時から電話予約を受け付けているのですが、なかなか繋がらず、やっと繋がったのは9時半過ぎ。美術館の前にさくっと行けたらいいなーというのは考えが甘すぎで、すでに13時半以降の枠しかなかったので、無碍三房との兼ね合いで結局15時に。無碍山房は予約してても入店までにかなり時間がかかるし、意外と離れてるので(下調べ不足)、時間ギリギリで祇園からタクシー飛ばした…。タクシーの中で、この時間ならこんなに必死にならなくてもぶらっと入れたかな…という想いもよぎったけど、いざ着いたら普通に満席でしばらく並ぶくらいだったので、やっぱり予約大事でした…。

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カウンターは左右ロールカーテンで一風堂的な半個室。名物のごぼう天うどんにしました。

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こう見るとそうでもないけど、うどんが長太くてかつて噛み切ったことないぐらいの弾力なので、超ボリューミーです。白いトングみたいな麺用カッターで適宜カットしながら食べる。嚥下能力の低さに定評のあるわたしには命取りになりかねないうどんなので、豪快にすすることもできず、慎重に一本ずつ噛みしめていった。隣のゴボウ天もどっさり盛り付けられてる。土の匂いがふわっと香って美味しい。ささみ天ミニ丼もセットで頼もうかな、と思ってた自分、身の程知らずすぎ。極め付けに、ミニ杏仁豆腐までついてきて、本気でお腹がはち切れるかと思いました…(パフェがボディブローのように効いている)。

隣も有名なうどん屋さんなんですね。料亭っぽい。今度はこちらにも行ってみたい。

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数軒隣には、山元麺蔵のテイクアウト専門店が。

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お土産用に肉味噌うどんを買って帰りました。

 

以上、京都予約めぐりでした!

充実してたけど、夏の京都withマスクは死を意味することを学びました…。

南紀白浜小旅行記

コロナ&仕事のドサクサに紛れ、1泊2日の南紀白浜小旅行に行ってきました!

今回の旅のテーマは、

  • コロナ問題で遠出はできないので、自宅から県境を跨がないコンパクトな旅
  • バブル時代の遺構 ホテル川久を堪能する の2つでした。

そう、実はわたくし和歌山県民なのですが、兵庫県の大学に通ってた頃、はるばる海を渡って通学して来てると思われてたのが衝撃的すぎて。。それからは、和歌山県の認知の低さ、尋常じゃねぇ…と自分に言い聞かせて、ネット上でもひた隠しにしてきたのですが、これを機に解禁して地元ネタ書きますね(誰も興味ない)。

旅程はこんな感じ↓。白浜は和歌山随一の観光地ですが、それでも観光スポットが滅茶苦茶少ないので、おのずとwithコロナに対応したコンパクトな旅になります!(自虐)

●1日目
・幸鮨でランチ
・おやつのジェラート
・三段壁洞窟
千畳敷
南方熊楠記念館
・ホテル川久

 ※グラスボートに乗りたかったけど、休止中でした。

●2日目
アドベンチャーワールド
とれとれ市場

 

●1日目

今回は両親との親子旅だったので、自宅から父の運転で白浜へ。例えば別府とかだったら交通網が発達してるのでバスやタクシーでも難なく回れたけど、白浜は車がないときついですね。

まずは幸鮨へ。f:id:kotobanomado:20200620202216j:plain
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tabelog.com

 街のお寿司屋さん的な雰囲気で、肩肘貼らずにぶらっと入れる感じ。でもかなり人気店っぽかったので、予約推奨。

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廻らないお寿司が久しぶりすぎて、まずシャリの小ささに感動しましたね(次元が低すぎる感想)。どのネタも手が込んでいて口の中に幸せが広がる…。

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苦手なはずの鰻ですら美味し過ぎて刮目。

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デザートは和歌山らしい梅でした。大満足のランチでした!

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三段壁へ向かう途中、ジェラート屋さんがあるということで寄ってみた。

tabelog.com

黒糖ナッツとゴールドラッシュ(コーン)のダブル。
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ジェラート屋さんから歩いて三段壁へ。崖です。暴風が吹き荒れてたので2時間ドラマ感増し増し。右手に写ってる建物内のエレベーターで、平安時代熊野水軍が船を隠した洞窟に降りることができました。

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sandanbeki.com

この洞窟の雰囲気、どっかで見たことあるなと思ったら、スプラッシュマウンテンのQラインでは。

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波が打ち寄せる様子も至近距離から眺められる。海が荒れてたのでこの辺りもかなりスプラッシュで身の危険を感じました。

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千畳敷へ。ふたたびの崖&暴風。

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www.nanki-shirahama.com

白浜の観光スポットはほぼ岩と崖なのですが、地獄めぐりを2つ目で強制終了させた母が「もう崖も岩も要らん…!」と言い放ったので、円月島はドライブスルーで眺めました。その後、ま、一応行っとくか、くらいのテンションで南方熊楠記念館へ。

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www.minakatakumagusu-kinenkan.jp

これが行って大正解。南方熊楠って、「粘菌類」「イケメン」くらいのイメージしかなかったのですが(雑にもほどがある)、幼少時から手当たり次第に書物を写し取るという神童ぶりを発揮、その後は英米留学で興味・研究対象を広げた、知の巨人。同時に蒐集家でもあったようで、引き出しやらお菓子の箱やらに色んなものを所せましと詰めまくるオタク気質も含めて、名誉館長に荒俣宏さんが選ばれたのが妙に納得できた。2017年にできたばかりの新館が居心地よく、洒落たBGMを聴きながら顕微鏡で粘菌を眺められるのがオツでした。唯一残念だったのは、天候が悪く展望デッキには行けなかったことぐらい。とても良い施設だった。

ここから車で約10分。田舎道に突如として現れるド派手な建物。これが第二のテーマ ホテル川久です!

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バブル絶頂期に会員制ホテルとして建設されたものの91年のオープン時には既にバブル崩壊、すぐに経営が立ち行かなくなったよう。完成した途端に前時代の遺物と化してしまった建物は時代を経た今、もはやオーパーツに近い独特の威光を放ってます。

屋根には紫禁城と同じ瓦が使われているよう。円錐型の屋根にさりげなく突き刺さってるのは、大山崎山荘美術館の前にもあるフラナガンの兎。可愛いですよね。

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一歩足を踏み入れると広がる宮殿風のロビー。左官職人 久住章氏による漆喰大理石の柱は1本1億円とか…。

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床は全面モザイク。イタリアのモザイク学校の職人さんが3年かけて製作…。

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天井はフランスの金箔職人ロベール・ゴアール氏によるもの。金ピカ。

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片隅にいくつか資料が置かれてました。当時の並々ならぬ意欲を感じます。

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着こなしのハードルが異様に高い、当時の制服も展示されてました。f:id:kotobanomado:20200620213943j:plain

2階に上がると、また違った景色が見えてきます。ラウンジ。

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ラウンジ側の天井。f:id:kotobanomado:20200620214351j:plain

玄関側を振り向くと。この円のモチーフは建物内のあらゆる場所にちりばめられてました。f:id:kotobanomado:20200620214317j:plain

サイドに回るとギャラリー的な空間になっていて、ブッフェ、シャガール、ダリなどの作品が多数展示されてます。

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セレブごっこができる螺旋階段。f:id:kotobanomado:20200620214057j:plain

2階を探検してると、こんな空間も発見。癖の強すぎる宴会場。このインパクトに負けない宴会とは…。f:id:kotobanomado:20200620214220j:plain

こちらも宴会場。照明の一つ一つに川久の刻印が。他にも、電気が点いてない謎の小部屋もあったけど、暗闇でも癖の強さがわかった。f:id:kotobanomado:20200620214136j:plain

この辺りは、7/1から川久ミュージアムとして本格的に公開するようです。謎の小部屋の秘密も解けるかも。

www.museum-kawakyu.jp

チェックイン後、ラウンジでウェルカムドリンク。

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いよいよお部屋へ。全室スイートという謳い文句はオープン当時のままですが、カラカミグループの傘下に入った今では意外とリーズナブルな料金で泊まれます(父発案の旅だったので詳しくは知らないけど、コロナ騒動で更にディスカウントされてたみたい)。今回は、タワースイート(和洋室)に泊まりました。

まず、開ける前から圧倒される、家以上の玄関感。f:id:kotobanomado:20200620213905j:plain

開けると、いきなり三叉路が広がって迷子に。f:id:kotobanomado:20200620214544j:plain

左手には和室があって、右手奥に書斎的な小部屋もありました。ここだけで十分泊まれる広さ。f:id:kotobanomado:20200620214506j:plain

右手の手前にはベッドルーム。ここも普通に1室分くらいの広さがあります。f:id:kotobanomado:20200620214627j:plain

その奥がバカでかいリビングルームf:id:kotobanomado:20200620214714j:plain

…普通に家より広い。お手洗いが2個、バスルームの他に洗面台付きの謎の小部屋もあったので、大人数で泊まっても大丈夫そう(6名まで宿泊可)。母と私はベッドルーム、父は和室で寝たけど、とにかく広くて動線も分かれてるので、同じ客室に泊ってるとは思えないくらい気配すら感じなかったですね(それは父の存在感の問題か)。他にもメゾネットタイプとかスパ付とか個性的な客室がたくさんあります。

ごはん前にお風呂へ。

www.hotel-kawakyu.jp

1・2階に1カ所ずつあって、この時間帯は2階のROYAL SPAが女風呂。暖炉、インフィニティ風呂、完全個室のシャワーブースがあったりと、バブルの面影どころか、思いっきり今風のオシャレ風呂でした。どっちやねん!
ここで珍事が発生。うひょーと舞い上がりながらラグジュアリー風呂に浸かってたら、マスクつけたままでした(口だけサウナ状態になってはじめて気づく)。わたしもわたしだとは思うんですけど、真っ裸にマスクという出立の娘と、風呂に浸かるまでずっと会話してた母の違和感、発動して欲しかったわー…。

お待ちかねのディナーは「王様のブッフェ」。貪り食べたので伝わる写真がほぼなくてすみません。強気なネーミングに違わず、目の前でお寿司握ってくれたり天ぷら揚げたりステーキ焼いてくれるエリアもあるし、前菜からメインまで、バラエティ豊かな和洋のメニューで大満足!感染予防としては、使い捨て手袋がテーブルごとに配られて、ブッフェを取りに行くときはマスクと併せて必ず着用というルールになってました。

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www.hotel-kawakyu.jp

 

●2日目
朝風呂は、男女入れ替えで1階の悠久の森。こちらは壁面にぐるりと仙人画が描かれた内風呂と露天風呂の二つで、ROYAL SPAよりはオーソドックスな感じ。全然趣が違うの、嬉しいですね(マスクははずして入浴)。

朝ごはんも「王様のブッフェ」。朝もフレンチトーストやオムレツは目の前で作ってくれる。海鮮丼が自分で作れるコーナーもあって、いくらとマグロをもりもり食べました。

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チェックアウト前に館内の兎ビューポイントを散策。中からだと凝った造形がよく見えて更にお城感を感じられる建物なのに、窓に鉄格子がはめられてる場所が多くて(それもデザインの一部なのでしょうが)、なかなか思うように写真が撮れないんですよね。。でも、6階の廊下からは兎が綺麗に見えました!

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チェックアウト。とにかくバブリーなので、今風のラグジュアリーを期待していくと肩透かしを食らうかもしれないし、一度経営破綻した今では、贅を尽くしまくったハードに見合うサービスは望めない。でも、そんなアンバランスさを差し引いても、刮目ポイントがたくさんありすぎて、大好きなホテルになりました。

アドベンチャーワールドへ。前来たのは祖父母がまだ元気だった頃だったなぁと入る前からしみじみしちゃった。事前WEB予約のみ入場可能でした。

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www.aws-s.com

ところで、アドベンチャーワールドって、近畿圏の人たちにとってはお馴染みのテーマパークだと思うのですが、もしかして全国的には知られてない…?(和歌山の尋常じゃない知名度の低さを知ってるだけに、おそるおそる)アドベンチャーワールドを知る身としては、上野動物園のパンダが全国ネットで話題になる度に、和歌山にいっぱいおんで…赤ちゃんも生まれてるで…と歯痒く思ってるのですが、アドベンチャーワールドネタはせいぜい関西ローカルニュースなんですよね。。るるぶ表紙を飾る施設すら知られてないかもしれないという恐怖にうち震えながら書くと、アドベンチャーワールドは、中国国外においてパンダの繁殖・飼育に最も成功している施設で、今はパンダ6頭が暮らしてます。その上、サファリ、水族館、マリンショー、遊園地の機能まで兼ね備えた、超一大スーパーテーマパークです!

エントランスはちょっとディズニーみのある風情。

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噴水に馴染むペンギン。

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屋内のペンギンコーナーはペンギン側がかなり密でした。長老的なペンギンに見据えられてたじろぐ。

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普通のパンダコーナーは、コロナ対策のために屋外からの見学のみで結露越しに目を凝らして見る感じだったのですが、ブリーディングセンターの方は人数制限しながらも割と近くで見れました。

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この体勢で寝ている。

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でも、結局はレッサーの方が可愛いよね‥。とてとて歩く感じが最高でした。

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サファリもコロナのため変則的で、電車っぽいケニア号か徒歩かの2択。肉食動物の見学は徒歩のみでした。遠吠えしているライオンを頭上から。

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時間が合わずマリンショーは見れず。アニマルショーは途中参加。アシカ、オットセイから、犬、フラミンゴ、インコまで鬼のように芸を披露しまくるショー。

気づけばライブパフォーマンスを観るのが3ヶ月ぶりぐらいで、まさか観劇復帰がアニマルショーになるとは思ってなかったですけど、あざらしが腹這いで出てきた瞬間に涙が流れましたよね…。そこからずっと泣いてた。構成の面白さ、動物たちの頑張りと(動物に芸を教えることにはあまり快くは思っていないけど)、スタッフさん達の楽しませようとする意気込みと、お客さん達のリアクション。あぁ…やっぱり生っていい…とじんわりしました。
アドベンチャーワールド、大人になって改めて行くと、78年開園の古さを全く感じさせないハード・ソフト面の充実ぶりを感じました。感動。しかも、これだけいろんな要素を抱えた複合施設だと、ただでさえ感染予防対策が大変だろうに、たとえば検温サーモカメラにパンダのぬいぐるみがついてたり、ソーシャルディスタンスの尺度が動物になってたり、全て一工夫凝らされていたのにもグッときてしまった。それだけ努力していても、動物へのえさやり・ふれあい系は全面中止、サファリ・レストランも一部休止してて本格営業には程遠いので、まだまだ苦労は尽きないんだろうな。生き物相手なので、休業、縮小営業してても莫大な飼育費がかかって大変だと思うけど、なんとか踏ん張ってほしい…。エールを込めながらアドベンチャーワールドを後にしました。

最後はとれとれ市場でお土産選び。海鮮類以外の和歌山名物(といってもみかんと梅くらいしかないが)も揃ってるので、全部まとめてここで買えちゃいます。日帰り温泉、宿泊施設も隣接してるので、結構楽しめそう。

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toretore.com

以上で、小旅行終了です!(こんなに外出したのが久しぶり過ぎて2日目は意識朦朧。車内で爆睡)

観光スポットがない!という自虐からスタートした旅行記だったけど、アドベンチャーワールド、ホテル川久、南方熊楠記念館(+マリンスポーツ)だけでも、かなり個性的で濃厚な経験ができるのでは…?という結論に至りました。
こんな状況なので、近郊への小旅行、あわよくば国内旅行できる…?というレベルがしばらく続くと思いますが、移動条件に合えば、ぜひ南紀白浜でコンパクトな旅を!

5月のたしなみ。(演劇・パフォーマンス配信編)

5月もほぼほぼ在宅勤務でした。4月以上に調子に乗って色んなコンテンツを摂取しまくったので、いくつかに分けて書いていきたいと思います。まずは演劇・パフォーマンス編!

劇団チョコレートケーキ「遺産」

 「遺産」と「ドキュメンタリー」は、両作観ればより楽しめる程度で考えていたのですが、両作観てようやく完成する、が正しかったです。

「遺産」は、1990年の日本が舞台。ある老医師の遺した戦時中の記録によって彼が封印してきた凄惨な記憶へ遡り、さらに、同じように過去を封印してきた人たちが戦後の日本社会をいかに生きてきたのか、その上で「遺産」とどう対峙するか、というかなりヘビーな話。
本当に当たり前のことなんですけど、作品の舞台になっている1990年ってまだ最近のようにも思えるけど、戦後45年しか経っていない頃で、戦争を経験した人(経験したからこそ当時の記憶を封印し、何も語ろうとしない人も)が数多くいた頃なんだなぁ…というところからのスタート。
老医師の死をきっかけに、第二次世界大戦中に現地の人達を対象に惨い人体実験を繰り返していた731部隊の実態、実験対象の”マルタ”として拘束され、命を奪われたある中国人女性 王さんの姿が淡々と描かれる。研究者として人体解明の志とそれに見合った高い頭脳を持ち合わせている人たちの集団なのに、倫理が失われ非人間的な行いがまかり通ってしまう。真の怖さは、”マッドサイエンティスト”的な個の問題ではなくて、倫理観の欠如を集団で共有化してしまっていること(それが、戦争というものなんでしょうが)。”マルタ”のように名付けのルール化、タスクをルーティーン化することで、どんなに異様な出来事も日常として呑み込めてしまうようになる。

自分や身近な人たちの誤りを忘却せず直視すること。誰しもが人間性を失う懼れを抱いて、いつも正しさを問いかけること。こんなにもシンプルなことがなかなかできないという学び。そして、王さんが言う「もう一度私たちを殺さないで」という言葉。”マルタ”として名前も尊厳も失い、命を落としていった一人一人の人生をなかったことにせず、未来に繋ぐこと。「遺産」は観た人全員に託されたよね、と思った。

実は1990年から30年も経っていて、今や戦争を知る当事者達はほとんどいない。一方で、加害の歴史に光を当てるだけで「反日」あるいは「捏造」と大炎上するような歴史修正がはびこり、特定のコミュニティどころか国民レベルで正しさへの態度を見失い始めている。1990年の世界から30年越しに託された遺産は更にずっしりと重く、どう対峙していけばいいのか、思考を巡らせ続けてている。

劇団チョコレートケーキ「ドキュメンタリー」

 グリーン製薬(ミドリ十字社)社員の内部告発をきっかけに始まる、非加熱血液製剤による薬害エイズ事件の話。3人芝居。フリージャーナリストがインタビューを続けるうち、グリーン製薬の利益重視の社内体質のみならず、企業と政府の癒着や医学界全体の腐敗が浮き彫りになっていく。やがて、会社の創業に731部隊の出身者が多数加わっていたことが明るみになり…。一見すると奇妙な因果に見えるけど、「遺産」と重ね繋げていくことで、731部隊の他者の命の軽視という根から太い幹が伸び続け、あちこちに枝葉を茂らせてきた結果だと腑に落ちる。記憶や記録を隠ぺいしたところで、無くならない。過去と向き合って清算してこなかった報いを最悪の形で受けることになる。この枝葉、まだ茂り続けてるよね?

劇団チョコレートケーキ「治天ノ君」

令和になった時の浮かれ騒ぎにドン引いていた事を思い出していた。西暦表記がスタンダードになり、天皇と時代がリンクしているとは思えない現代で、もはや元号に何の重要性があるのだろう…という去年の感覚との落差に揺さぶられた。それぞれの個性や志向性が反映されている天皇の御世としての明治、大正、昭和の三時代が描かれる。物語の中心になるのは、明治、昭和に比べて短く存在感が薄い大正天皇。「遺産」からさらに一歩進んで、大正を忘却するための明治時代復古や、病弱で無能な天皇のイメージを国民に流布して皇太子へ権力を移行させることで(明治、昭和天皇との歪な親子関係も面白い)、歴史の抹消のみならず、”書き換え作業”が描かれる。人としての尊厳ではなく、天皇という器の権威を守るため、時代の道しるべが大きく変わっていく。大正天皇の精神的・身体的な人間くささと、"現人神"とのズレ、ねじれは、現代の”生きづらさ”にも通じるテーマでした。

***

3作品ともめちゃくちゃ興味深く面白い題材だった!ただ「芸人と兵隊」を観た時の、学生さんに観てほしいなぁ…という印象から大きく覆ってはいなくて、演劇として面白いか/好みか、と聞かれるとそれはまた話がまた違う…。

kotobanomado.hatenablog.com

範宙遊泳「うまれてないからまだしねない」

音が文字としてプロジェクションマッピングで投影されるという特徴だけ知っていた劇団。取り留めのない日常から、ものすごいスピード感でSFに飛躍していきました…。飛躍したはずが、このコロナが蔓延る現実世界にそっくりという皮肉。(ということは、「天気の子」にも。)大雨をきっかけにして、今まで何の疑いもなく当たり前に過ごしてきた世界が、取り返しのつかないほど一変してしまって(あるいは、これまで直視してこなかったから一変したように見えて)、人との関係性も大きく変わりながら、それぞれが弱っていく。そこに、出産を控えた25年前の夫婦の時間軸が何度か挟み込まれていく。てっきりメインストーリーに登場する女性の両親だと思っていたら、実際には赤ちゃんは死産で”生まれてこなかった”。死、世界の終わりと、まだ生まれていない、世界の始まりが奇妙にクロスする… 不思議な作品でした。

庭劇団ペニノ「笑顔の砦」

臭いまで染み付いてそうな程、精緻に作られたアパートの1ルームが、同じ間取りで左右2つ並んでいる。左側には漁師の男性、右側には認知症の女性が住んでいる。思い出したのはアンジャッシュのこれ。

実際は全く無関係な行動をしてるのにお隣さん同士が見かけ上リンクするというコント。「笑顔の砦」は、同様の仕掛けもありながら、逆に全く共通点がなく交わらないはずの人間同士がたまたまお隣さんになることで、ほんの少しだけ人生に影響を及ぼし合ってしまう、という話でした。それは例えば「万引き家族」で、赤の他人が一つ屋根の下で共同生活を送るというようなコミュニティの形ではなくて、あくまで壁を隔てたお隣さんで、「困ったことあったら何でも言ってくださいね」と社交辞令を言いつつ、お互いの生活に興味関心はないけど、薄い壁を隔てて何かが聞こえてきたり、軒先から垣間見える時だけ自分とは異なる環世界が意識に上ってきて、自分の生活がほんの少し揺らぐというような。漁師たちのルーティーン化した永遠に続くような毎日も、ある日突然終わりが来る可能性もあるんですよね。あの脆い1ルームはそんな恐怖から身を守る最後の砦でもある。近くて遠い「そことここ」の話、面白かったです。

MONO「約三十の嘘

1シチュエーションのサスペンスコメディ。うーん…面白いシチュエーションに期待値が上がりすぎたのか、イマイチ爆発力に欠けるような気がしました。「約三十の嘘」というタイトルにもピンときてないので、単に私が台詞に隠れた深い意味(嘘)に気づけてないだけなのかもしれませんが。

iaku「あたしら葉桜」

今月観に行こうと思っていた作品の2018年上演版。岸田國士の戯曲「葉桜」朗読と、それを元に現代劇として書き下ろされた「あたしら葉桜」のセット上演。朗読劇の方は正直やや眠たい感じだったのですが、後半の「あたしら葉桜」は、「葉桜」の設定がこうアレンジされるのか…!という面白さに加えて、母娘の軽快な大阪弁のやり取りから互いの心の内と娘の幸せを模索し合う姿にこみあげるものがあり(独身over30ひとりっこなので…)気づくと泣いてました…。うぅ…これは生で観たかった。

Wir spielen für Österreich

 

オーストリアの公共放送ORFで放送されたドイツ語圏ミュージカルコンサート。Twitter情報では日本では観られないということだったんですが、先月一番の学び「bilibiliには大抵何でも揃っている」を元に、翌朝検索してみたらナンバーごとにチャプターに分かれた完璧な状態で普通にありました。(それはそれで怖い)https://www.bilibili.com/video/BV19i4y1x7fx?

 

Lukasが何言ってるかはわかりませんが何か良いこと言ってる風だったし、Markはリモートでもイケオジ街道まっしぐら、Thomasおじさんがご自宅からほのぼの弾き語りをしてくれたのも新鮮でした。驚いたのは、ソーシャルディスタンスを遵守しながらミュージカルナンバーを歌い継ぐだけではなくて、あえて衣裳やヘアメイク、照明や音響、そして観客といった舞台に欠かせない要素の不在や不完全さ、喪失感を際立たせた演出。こんな時だからこそ何事もなかったかのように華やかに、というのもエンタメの一つの答えなのだと思いますが、舞台を創る人、愛する人達の痛みや哀しみにも寄り添った今回のコンセプトが私には尊く、素晴らしく見えました。

 

SCRAP「のぞきみZOOM」

以前から気になっていたのぞきみカフェのオンライン版。芝居と捉えてしまうと内容のチープさは否めないのですが、現実世界と劇世界を橋渡す面白いギミックが盛りだくさんで、仕掛け絵本的に楽しめた。ジャンル的に正しく言うと、インタラクティブ芝居のようです。生配信は4月10日でしたが、しばらくYouTubeに公開されています。

ツイートしてた通り、かなりグッときてしまいまして…。他の脱出ゲームや謎解きゲーム同様、さまざまな仕掛けから収集した情報を元に、物語に介入して正しいエンドを目指すわけですが、この作品での目指すべきエンドは、実は両思いなんだけど障壁に阻まれてなかなか思いを伝えられないとある男女の背中を押すこと、そして、ふたりを祝福することなんですね。2人の思いを阻む理由こそゴリゴリのフィクションですけど、ゴールはどこにでもいそうなカップルの幸せというごく日常的なもの。見ている人達は、そのささやかな幸せに向けて、せっせとお節介をしていく。つまり、知らず知らずのうちに、モチベーションの原動力が善意になってるんですね。このお節介が見事に功を奏すと、めでたくハッピーエンドを迎えます。彼らからお礼を言われた後、ふと現実世界に立ち返ってハッとさせられる。普段からこうやって積極的に想像力を働かせて他者を思いやれていたっけ、と。逆に、たとえ物理的に人との関わりができない今のような状況でも、ちょっとした工夫で優しくなれるのでは、という手応えも芽生える。タイトルの「のぞきみ」という言葉の持つ後ろめたく剽窃的なイメージを見事に反転させる、しかもそれを自粛警察とか感染者差別とか日々耳を疑うようなニュースが流れてくる今、リモートで提案してしまうというところに、エンタメの粋を感じてグッときてしまったのでした。

「迷宮クローゼット」

オンライン演劇をリサーチしていて行き当たった作品。「ライブシネマ」と謳われていました。有名youtuberの方をヒロインにしているので、自宅からの配信というリアルさは担保されてるわけですが、そこから一気にファンタジーへ持っていく力技はうたい文句の「ライブシネマ」(ライブ映像だけでなく前撮りしたパーツを挟み込む)ならでは。面白いのは、ファンタジーの力を借りて伝えられるメッセージがyoutuberの強い自意識で、それに共感・感動するコミュニティ達が発信する無数のリアルタイムコメントを物語に織り込んでいくこと。私はアーカイブで観ました。内容はなかなかきつかったのですが、リアルタイムで3万人が視聴していたという情報は作品の出来としてとか自分の好みはひとまず置いておいて、受け止めなければならないと思いました。

東京03リモート単独公演「隔たってるね」

 

冒頭の飯塚さんの言う通り、通常の単独公演と比べるとさすがに完成度が劣る気がしたけど、それでもZOOM縛りでこんなにバラエティに富んだコント作りができ、しかも構成・演出がしっかりついて1本の作品になっていたのは感動。 

ハイバイ「ワレワレのモロモロ 東京編」

出演者それぞれの「酷い」実体験を演劇として立ち上げる、7つの短編集。オンラインで観るのにちょうどよい、エッセイのような、漫画のようなのびのび感で心地よかった。これは演劇に対して初めての感覚かも。「『て』で起こった悲惨」みたいに振り返れば笑えるものから、これでディープな長編芝居が書けるのでは…という心底恐ろしい「深夜漫画喫茶」まで、酷さの濃淡は様々。トリの「きよこさん」のインパクトと情緒には頭をガツンとやられ、笑い泣きしてしまった。うん、「きよこさん」はずっと忘れられないと思う。

 劇団ノーミーツ「門外不出モラトリアム」

Twitterの動画でバズった劇団ノーミーツの有料公演。私が観た回は「再演」とのことでしたが、1600名の視聴でした。合計で5000名程だったようです。すごくないですか…?

PVがめちゃくちゃよく出来ていて期待が高まったのですが、冷静に考えてみて、普通の映画・演劇でも2時間もの長尺作品を製作するのは至難の業なのに、制約の多いリモートならなおさらですよね…。オンラインならではのギミックやコンセプトが光ればSNSではバズるけど、この尺はそれだけでは持たない。問われるのはどこまでいっても…というより、飛び道具を扱うからこそより基礎力が重要になるんだなと思いました。(数か月前に選択型演劇を観に行った時と全く同じセリフ)でも普段演劇を観ないような人たちも含め、ネームバリューがほぼなく純粋に”面白さ”が動機づけになっている作品に2000~2500円払って観てるという現象は特筆すべきだし、その人たちにどうやって劇場まで足を運んでもらうか、ということは真剣に考えるべきですね。

DAZZLE「Labyrinth 東京C」

 

オンラインイマ―シブシアターと銘打った短編作品。ミニクリップの中で物語の続きを選べる二択が出てきて、youtubeコメント欄の多数決で次の映像が配信される。システムが想像以上に原始的で切れ切れ視聴になったけど(今は再生リストになってるので、映像の選択はできませんがシームレスに見れます)、雰囲気がとてもよい(「サクラヒメ」のトラウマをまだ引きずってた…)!!次回作「NORA」のプロモーションを兼ねた企画だったようで、こういうプロモーションの仕方って、イマ―シブシアターに限らずできるよね…(作品・キャスト情報はまた別素材で作るとして、世界観の提示)と思った。

リモート演劇の旗手たちに聞く

めちゃくちゃ面白かったですね…。オンライン演劇を企画・上演するためのアイディアからテクニカル面の気づき、工夫。オンライン演劇の可能性、そもそも演劇やコミュニケーションの本質とは…?という内容。たとえ実際にオンライン演劇を実施せずとも、この状況下での可能性や傾向を模索するために、演劇関係者は見た方が良いと思った。

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余談。

5月の演劇関係はこんな感じでした。オンライン演劇、盛んになってきましたね。海外作品の情報も目にしていたのですが、言葉のハードルが高くて試聴を諦めました…(語学力0)。あ、英語力がなくても大丈夫という噂の「Eschaton」には6月参加予定です。

chorusproductions.ticketspice.com

あと、Disney+で「ハミルトン」が配信されるようなので、それは観てみようと思ってます(サブスク沼)。

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苦境を迎えている演劇業界ですが、様々な制約のある中でも、演劇体験、あるいはジャンル横断的な新たな体験の可能性を模索する動きが同時多発的に起きていて(それは演劇業界に限らず、旅行、飲食などでもですが)、とても心強く、ワクワクしています。一方で、(こちらではあまり仕事の話は書かないようにしようと思ってますが)演劇関係者の端くれとして焦りも感じています。モノからコト消費が急激に進んでいた中での突然の接触NGの流れなので、今後「体験」に対しての欲求や価値観とそれに応えるサービスの在り方が大きく変化することは確実。でもそれがどう転ぶか、まだわからない…。とりあえず今目標にしたいのは、劇場再開できて良かったね、じゃ元通りで!以上!ではなく、演劇体験の濃度や付加価値のバリエーションについて引き出しを増やして、これまでの演劇体験+αの取り組みができないか、ということ。ピンチをプラスに捉えたい!

最後に、オンライン演劇をいくつか観た気づきメモ。

・ 劇場は非日常へと導く滑走路的な役割をしているけど、画面のこちら側も向こう側もド日常(自宅)から始まってしまうので、物語を非日常へいかに飛躍させるか(テクニカル面での課題でもある)。劇場では、パフォーマンスする側と観る側が、一回限りの場と時を共有する一方で、オンライン演劇では「時」しか共有できないが、劇場にはないそのド日常性を活かして、なおかつ同時性の証明のために、画面のあちら側とこちら側の場をいかに結び合わせるか、の実験。

・客席から舞台面に没入させるという一つの大きなベクトルではなく、注意散漫(マルチタスク、マルチデバイス)的な作り。コメント実況(それが物語に組み込まれる。メタ的な視線。)や見ながらリサーチする仕掛け。これも「時」の強化に繋がるが、観客の年齢や普段のデジタルデバイスの使用方法によっては、これが効果的ではない場合もある。