だらだらノマド。

趣味、日常をゆるゆる綴るライフログ。

4月のたしなみ。

生活が一変した1か月でした。いきなり在宅勤務になったので、自分でも驚くほど規則正しく食べて寝てるし、こんなに両親と話すのも猫と過ごすのも、人生初かもしれない。不思議な気分です。仕事に関しては不安しかないのですが、悲観しすぎず、楽しいことを見つけながら日々穏やかに過ごそうとしています。

<ライフスタイルの変化によるあれこれ>

・noteを書きはじめました。

ノマド。|note

2月まで「よもやま」というタイトルで、嗜んだものと日常についてまとめて日記形式で書いていたのですが、日々のどうでもいいこと、でも意外と大事なライフログはnoteに書くことにしました。


47都道府県制覇
旅行予定が飛んでしまったので、旅行欲を満たすため妄想旅行を企てることに。どうせやるなら47都道府県制覇を目指そうという企画です。国内だけでも行きたいところが無数に出てきますね。気楽に日帰り一人旅も行きたいし素敵な宿でゆったりもしたい…。気が向いた時にぼちぼち更新しています。

kotobanomado.hatenablog.com

 
・オンライン会議・お茶会
在宅勤務が始まってから定例のオンライン会議が開催されるように。会議中、裏でLINEやチャットを送りあってオンライン画面上でほくそ笑むという遊びにハマってます。先日ついに部署回覧メールに「悪い顔して笑ってる」と名指しで告発されました。プライベートではオンライン宝塚観劇会を開催。

・プライムビデオ、NETFLIXとサブスク
ほぼ仕事らしきものがないとはいえ一応在宅勤務なので、メールを気にしながら映画が見られるように、と、軽い気持ちでAmazonプライムに入ったらハマった。↓の映画はほぼプライムビデオ(レンタル含む)で観たもの。無料お試し期間が終わっても、このまま継続すると思う。NETFLIXは「バンダースナッチ」が観たいがために加入。こっちは気になるコンテンツをいくつか観たら解約予定。(ただし「バビロンベルリン」が配信されたら即舞い戻る)
ちなみに、サブスクはこの2つ以外にApple Musicと楽天マガジンを活用中。
楽天経済圏に生きてるので本当は音楽系も楽天にまとめたいのはやまやまなのですが、邦楽が多いらしく二の足を踏んでいる。そういえば、プライム会員になると音楽も聴けるんですね!ただし曲は限られている。unlimitedにランクアップすると一気に曲数が増えるけどApple Musicより割高になるので、それもなーと思って、結局Apple Musicのままにしています。仕事で忙しい時は、なかなか本や映画・舞台を楽しめる時間がなくて音楽が頼みの綱になるし、逆に今みたいにゆっくり時間を過ごす時も音楽のある無しで全然気分が違ってくるので、心のお守り代りとして音楽が聴ける環境はできるだけ維持しようと思います。よく聴くのは、Tatiana Parra、Andre Mehmari、Andres Beeuwsaert、藤本一馬、椎名林檎東京事変、Sleep no moreのプレイリスト。
楽天マガジンはポイントを使って年間契約したのでほぼ無料の感覚(しかもスタートボーナスチャンスの事前エントリーで1000ポイントもらえる)。普段、紙では買わない雑誌も気軽に読めるので、自然と情報量が増えてありがたい。るるぶが読めるようになったのも最高。
この自粛期間中に魅力的なサブスクが増えてきているので、5月もうっかり課金すると思う。

ipad
楽天マガジンを使い始めてから欲しいなーと思ってて、プライムビデオが最後の引き金になり購入(会社のノートPCで観たろ、と思ったらセキュリティーのせいか全く見れない罠)。通勤時間が長いので、自粛生活が終わった後にも活躍してくれそう。

・運動
腹肉、腰肉のヤバさに目を瞑り続けてきた挙句、1年ぶりぐらいに体重計に乗ったらかつて見たことのない数字を叩き出したので、いよいよ運動する決心がついた。夏までに-2kgとスタミナ・しなやかさアップが目標。今年中にさらに-2kg頑張りたい。主に↓のアプリで朝夕併せて小一時間くらいストレッチして縄跳びもしてる。(二重跳びを20回跳べたのは自慢したい)
ストレッチSworkit

ストレッチSworkit

  • Nexercise
  • ヘルスケア/フィットネス
  • 無料

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Lotus | Yoga and Meditation

Lotus | Yoga and Meditation

  • Labmobil
  • Health & Fitness
  • Free

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ヨガは初体験なのですが、びっくりするようなポーズを要求してきますね…。英雄2のポーズだけめっちゃカッコよくきまります。


・引っ越し
仕事上の都合で別宅として活躍したマンションにさよならをしました(ようやく会社負担でホテルに宿泊できることになった)。スポット的に使ってたので、棲む、まで行かなくて一人暮らしもどきにしかならなかったけど、それなりに思い出は染みついている。徒歩圏内に文化施設があって、選びきれない程美味しいお店があるという人生初の贅沢な経験もしました(逆に田舎の良さも実感できましたが)。
メニエール再発もなく心身健やかに仕事に励めたのはこの部屋のおかげ。図らずしも在宅勤務に入ってからの引っ越しだったので、丁寧に、思い入れたっぷりにお別れできてよかったです。いやー、それにしても薄給の中よく5年も家賃払ったわ…!

・テイクアウト
引越しの作業日はこの5年で出会った大好きなお店のテイクアウトを楽しみました。
☆クイントカント

テイクアウトのみの営業。肉々しいボリューム満点パニーノ。

☆農家厨房
ボリューム満点の美味しい中華。
☆レ・グーテ
家にずっと閉じこもっているので、久々に美しいものをライブで見て、思わず、うわぁ…!と心の声が口から漏れ出ました。至福の美しさ、美味しさ。


<家で楽しむ舞台作品>
・キネマの天地
演じることに取り憑かれた人たちの話。「十二人の手紙」を読んだ時もびっくりしたけど、井上ひさし氏はこういう仕掛けの多い芝居も書くんですね。スリリングで面白かったし、役者さんがみんな上手い。


・bilibili、おすすめ宝塚ショー
宝塚の動画が全編上がりすぎていて、もはや何でも取り揃えているのでは疑惑。もちろんおおっぴらに許されることではないので、密やかに楽しんでいきましょう。Twitterではネットで観れるおすすめショーシーンを不定期に呟いています。

twitter.com

 

<家で楽しむ映画&ドラマ>
・「トリックラストステージ」と「フッテージ

 

note.com

・「アンフレンデッド」シリーズ

  

似たようなZOOM演劇作品をきっかけに、こういう時にこそ(できればPCで)観るべき映画やな…と思って手を付けたシリーズ。2の方がマルチタスク感があって、全編PC画面上という仕掛けが活きてる感じがした。ただ、見知らぬパソコンは絶対に持ち帰ってはならぬという教訓は強烈に植え付けられたけど、同じ仕掛けであれば「search」を強く推したい(全然怖くないです)。ちなみに、前回のオンライン会議で、顔も映らず声も発しない見知らぬIDがいつの間にか参加しているという、「アンフレンデッド」展開にざわついたんですが、営業のおっちゃんでした。ただ慣れてないだけ。

 

・「ハッピーデスデイ」シリーズ
 

スプラッター系かなと敬遠してたら、実はSFという情報が流れてきて観ました。「恋はデジャブ」と「オールユーニードイズキル」のいいとこ取りみたいな感じで、面白かった。2ではループ&パラレルで「バックトゥザフューチャー」感も出てきて、さらにしっちゃかめっちゃか。

 

母なる証明

ポン・ジュノ監督。ボルテージの高いまま拗れまくっていく気味の悪い映画。ずっと不穏。忘却のための踊り。

 

・MAMA

母なる証明」の翌日観たので、おのずと「怖いお母さん」シリーズになった。結末のママにはツッコまざるを得ませんでした。

 

謝罪の王様

男女、親子、芸能人/一般人、異文化…色んな関係性において発生する「意思疎通不全」と「分かり合えなさ」による失敗と謝罪オムニバスストーリー。ごりごり皮肉って笑わせてくれるかと期待したら、切れ味鈍く中途半端に終わってしまった。かなり根っこの部分での「分かり合えなさ」を扱っているだけに、結局相手をナメくさったまま形ばかり謝罪して、何となくいい話風に落とす、というのが無理でした(特にセクハラエピソードが)。

 

・ウエストワールド

子供の頃好きだった「ドラえもん のび太と銀河超特急」の元ネタという情報を目にしてから、ずっと観たかった映画。いわゆる「ロボット反乱もの」なのですが、中世ヨーロッパ、古代ローマ、西部開拓時代と3つの世界を体験できる巨大テーマパークが舞台になっているので、そのイマーシブ的なワクワク感も楽しめるし、スタッフ達のストーリー操作がメタ的に出てくるのも面白い。途中から「ジュラシックパーク」のロボット版やなこれ、と思ってたら、原作者同じでした。が、「ジュラシックパーク」と違って限りなく人間に近いロボット相手の世界なので、現実世界では許されないインモラルで攻撃的なイベント(殺人、暴力、買春、セクハラ)を娯楽として楽しみ、他者を支配、搾取する男性(と括ると語弊があるでしょうか…)と、拒絶、復讐を企てるロボット(見た目は人間そのものなので、現実世界で搾取される弱者とオーバーラップする)っていう設定がより面白く感じた。反旗を翻すガンマンロボットにはユル・ブリンナー。「荒野の七人」とか西部劇のイメージが付いているからこそのキャスティングなんですね。観てなかったからこのおもしろさに気づけず悔しいー。

・バンダースナッチ

www.netflix.com

Twitterでバズっていたのが気になり、これを目当てにNetflixに入った。Netflixオリジナルドラマ「ブラックミラー」の特別版という位置づけらしいのだけれど、映像内に何度も二択の設問が表示され、こちらの選択によってキャラクターの行動が決定し、物語が変化していくというインタラクティブドラマ。分岐点でも映像がほぼシームレスに再生されたり、選択に応じていくつもエンディングが用意されていたり、リピートを前提にした作りになっている、というテクニカル面もすごければ(ゲームの世界では当たり前かもしれませんが)、ストーリー自体がこの「分岐」や「リピート」を軸にしていて、このインタラクティブ性に潜んだうっすらとした気味悪さを体現してしまっているのがまたすごかった。具体的に言うと、主人公は幼少期に自分の選択ミスで母親を死に追いやってしまったと思いこみトラウマを抱える若きプログラマーで、母が遺したアドベンチャーブックをそのままTVゲーム化させようと開発を進めるうちに、自分が取り組む分岐型ゲームのように自分の行動もまた外の世界の誰かに選択されている結果なのでは…と精神耗弱していき、やがて外の世界の誰かの存在(我々)を悟ってしまう、っていう見事な入れ子構造になってる(もっと言うと「Netflix」という言葉やお遊び映像まで出てきて、さらに大きな入れ子構造)。そして、主人公の憧れる先輩プログラマーは、明らかにリピートやパラレルリアリティの中に自分達が存在することを把握した発言をして、主人公と私たちを動揺させる…。そんな醒めない悪夢感も含めて、かなり面白かったです。

 

<漫画と本>
こどもの体温

読み逃していたよしながふみさんの漫画。父子家庭の親子を中心にしたオムニバスストーリー。よしながさんの書く人間関係の温度感がたまらなく好きで、心地いい。

 

・ハイウェイスター

男の人の漫画だな…と思った(雑な感想)。「星霜」、「あしたの約束」、「さよならのおみやげ」が好きだった。

・来てけつかるべき新世界

ヨーロッパ企画 上田さんの、大阪 新世界を舞台にしたSF戯曲。大阪弁の応酬があまりにキレとテンポが良いので、大阪弁話者として幸せを感じてしまった。レトロな街 新世界にほんまもんの「新世界」が到来するそのギャップや、ユートピアなのかディストピアなのか測りきれない独特の味わいがめちゃくちゃ面白い。舞台でも観てみたい。

・遭難、

初本谷作品。あとがきにあるように「トラウマをよりどころに生きている女が、逆にトラウマを解消されちゃって遭難する話」。この里見先生を松永玲子さんが演じてたみたいで、うわぁ、ぴったり…と鳥肌がたちながら読んだ。そして、日本ってまだトラウマをよりどころに生きてる里見先生に似てない…?と思った。

『CHESS』@梅田芸術劇場メインホール 感想

演出・振付:ニック・ウィンストン

出演:ラミン・カリムルー、サマンサ・バークス、ルーク・ウォルシュ、佐藤隆紀LE VELVETS)  /エリアンナ、増原英也、飯野めぐみ伊藤広祥、大塚たかし、岡本華奈、河野陽介、柴原直樹、仙名立宗、染谷洸太、菜々香、二宮愛、則松亜海、原田真絢、武藤寛、森山大輔、綿引さやか、和田清香

『CHESS』はこれまで日本人キャストでコンサート版2回、ミュージカル版1回上演。皆勤賞で観てきました。今回は新シリーズ?のようで、主要3名とクリエイティブチームのみ招聘、その他キャスト・スタッフは日本人という共同製作バージョン。

感想を一言で言うなら、歌がうますぎる、に尽きる。アナトリー役のラミンは安定した伸びのある声、フローレンス役のサマンサはどの音域も癖なくオールマイティに、ルークのフレディは声が細めで2人に迫力負けしている感はあるけど、高音までしっかり。特に、Pity the Childは背景のスクリーン、酒瓶やドラッグの小道具も手伝って、孤独な叫びとして研ぎ澄まされたシーンになっていた。この強力なプリンシパル3人に加わるのが、アービーター役の佐藤さん。朗々とした歌いっぷりで聞き劣りせず存在感も充分、カッコ良かった。アナトリーの妻スヴェトラーナにはエリアンナさん。サマンサとのデュエットも堂々と渡り合っていて歌唱力的には素晴らしいけど、スヴェトラーナのニンではない。モロコフは二期会の増原さん。さすがオペラ歌手の方だけあって、ミュージカルではなかなかお目にかかれないバスの響きを堪能した。

セットは、階段がメインで奥にスクリーン、サイドにバルコニー的な迫り出しというありがちなもの。ただし、階段に一捻りあり、段差が大きく素材感も重厚で、それ自体に腰掛けて芝居したり小道具を自然に足し込むこともできる。それに、垂直面が抜けているので、舞台奥から照明を当てると全く違った表情になって面白かった。スクリーンには冷戦下の状況や心象風景を映して、時代背景を補足。うん…舞台の映像って、国内外問わずダサいですよね…。

さすがにこれまで3回も観てきているので、オギー版のあれこれが至るところでフラッシュバックする。わたしはCHESSの悪魔的な旋律にぞっこんなので、その引力に思いっきり引き寄せられたようなオギーのファンタジックな演出は嫌いじゃなかった。

チェスの才能によって政治利用されながら自身の自由を勝ち取ろうとするアナトリー、辛い人生から逃げるようにしてチェス=ようやく手にした自己表現として奔放に振舞うフレディ、感情を封じ込めてチェスを通じて理性的に物事を見極めようとするフローレンス。それぞれを取り巻く国家の思惑や取引と3人の立場、感情が入り混じりせめぎあう…とても複雑に…。今回のバージョンがこのCHESSの物語を明確に描けてたのか、甚だ疑問。フリー素材みたいな冷戦のイメージ画像は山ほど出て来たけど、国家同士の駆け引き(そしてそれがCHESSと重なり合う様子)はほぼ無かったし、フローレンスの父親についても尻切れトンボ。歌詞や台詞も、何言ってるかわからなかったのはオギーのせいかと思ってたけど、今回の字幕を読んでも全くわからなかったですね。字幕がこなれてないように思えたし、あまりに概念ばっかりで結局思わせぶりだったので。となると、どうせ描けてないなら、美しいオギー版でいいやん、ってなった。作品の出来からしてミュージカルとしては穴が多いので、コンサートと割り切って楽曲を堪能する方がいいんでしょうね…いつかミュージカル版として完成するのを見てみたい気もするけど。。

さて、オギー版を思い出したところで。日本版の記憶も大事に留めておきたいと思います。

natalie.mu

 

『エブリ・ブリリアント・シング』@茨木クリエイトセンター 感想

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エディンバラ国際演劇祭に参加後、各国各地を巡って、今回が日本初上演となる観客参加型の一人芝居作品。日本版は、谷賢一氏演出、佐藤隆太氏出演。Twitterで東京公演の感想が流れてきて初めて存在に気づいたので、既に大阪公演は完売状態。出張に乗じて東京公演のどこかに行けるか探ったけど日程が上手く合わずで半ば諦めていたら、大阪公演の戻りが若干出て、運良く行ってきた。

噂に違わぬ、凄い作品だった‥。大枠としては、精神状態が不安定で自殺未遂経験のある母親と共に暮らし育った主人公が、母親を、あるいは自分を勇気付けるために、この世にある「ステキなことリスト」を作る過程をお客さんにシェアしていく、というもの。日本人が欧米人を演じるというところでオリジナルよりも演劇的な側面が強くなっているとは思うけど、レクチャーパフォーマンスに近い作りになっていて、ジャンル横断的な、でも結果的には演劇の根幹を深くつく不思議なパフォーマンスになっている。

舞台中央には簡単な装置が置かれただけのアクティングエリアがあり、四方を300席くらい?の客席が取り囲んでいる。開演前から、佐藤さんは舞台面を自由に歩き回りお客さんと会話しながら、「1 アイスクリーム」のような単語が書かれたカードや小道具を渡していき、作品の「下ごしらえ」をしている。一気に作品に引き込まれたのは、序盤で、主人公が生まれて初めて経験する死、愛犬の死を大胆な見立てで再現するシーン。愛犬を安楽死させる獣医役を客席から招き、その人のコートを犬に、また別の観客から借りたペンを注射器に見立てると、開演前から作り上げられていた和気藹々とした空気感が一気に緊迫する。演劇ならではの見立ての力を、お客さんを交えながらさらりと発揮してしまうこの仕掛け。この思いがけなさと、その場で生じた磁力の強さに完全にやられてしまった。佐藤さんがリストの番号を読み上げれば、開演前に手渡されたカードを頼りに、客席のあちこちから「ステキなこと」が読み上げられる。その声の面白さ。声色の個性や読み上げられる内容とのマッチング、逆にギャップも面白い。この日は「1 アイスクリーム」の人が、リストの一つ目に相応しい希望に満ちた明るい声の持ち主で、物語がどんなにシビアな展開になっても、繰り返される「アイスクリーム!」の輝きがぶれず、泣いてしまった。

他にも、父親や恩師、妻など主人公を取り巻く重要人物は、佐藤さんがお客さんを指名して、必要によっては小道具も客席から調達しながら、即興で演じていく。自分の靴下を手にはめてパペットを通じて話すカウンセラーという超難しい役どころを容赦なく振られたお客さんも、素晴らしく見事にこなしていた。もちろんみんな素人なので、棒読みだったり、言い間違えたりもするのだけど、佐藤さんの見事なフォローもあり、それすら味になってしまう。この日だけの、偶々の、一度きりのキャスティングが、数えきれない思いがけなさの連鎖を生み、あの時あの場所にいた私たちの共通の記憶になり、素敵なことリストとして落とし込まれていく。あの時あの場にいた私たちの思い出すパペットは緑のスカーレットだし、愛犬は茶色、彼をとりまく人たちは、名前も知らない「あの人たち」なんですよね。何か…尊い気持ちになる。一回性やライブ性、共在のような演劇の根幹と醍醐味をもう一度じっくり考え直したくなる素敵な経験になりました。

しかし今思えば、キャストとお客さんの交流が肝になり、観客全員とハイタッチもあったし、ギリギリのタイミングでの上演でしたね。。。(実際、高知公演はなくなった)演技力だけでなく、アドリブ力、瞬発力、コミュニケーション力と色んなスキルが必要とされて佐藤さんにとっては超高カロリー&ハイリスクだと思いますが、是非東芸&りゅーとぴあ(であってる?)のレパートリーに加えて、定期的に上演していただきたい…。

ところで、この作品は「観客参加型」の一つとは言えるけど、イマーシブではない(といっても、言葉でうまく説明できない)と思ってる。その辺り、悲劇喜劇に『「「没入」と「参加」の境界を超えた観客──受容姿勢に対する『エブリブリリアント・シング』の挑戦──』という考察が載っているようなので、読まねば。

「彼らは生きていた」と「1917」

絶対にセットでみようと心に決めていた、「彼らは生きていた」と「1917」。1日でハシゴできるタイミングがあったので、行ってきた。(2月の話)f:id:kotobanomado:20200424163316j:plain

kareraha.com

「彼らは生きていた」は、第一次世界大戦の退役軍人らのインタビュー音声とカラー化した当時の映像や写真と組み合わせたドキュメンタリー映画。この映画に興味を持ったのは、NHKの「カラーでよみがえる東京 不死鳥都市の100年」に衝撃を受けたから。

www.nhk.or.jp

一口で言ってしまえば、白黒映像をカラー化するだけ。たったそれだけで、番組キャッチの「今日はあの日につながり、あの日も今日につながっている」通り、資料⇒手触り、息遣いが伝わる暮らしの断片に変わって、感じ方が全く違ってくるんですよね。(裏返せば、そんな簡単なことで感覚をコントロール出来てしまう危うさでもある)
映画の話に戻ると、かつての兵士たちが「獣のようだった」と表現する、前線での悲惨な生活や戦闘の様子、かたや人間性を繋ぎ止めておくためのちょっとした娯楽、そのひとつひとつがディティールまで圧倒的な手触りをもって迫ってくる。
同じく第一次世界大戦を描いたNTL「戦火の馬」も大好きな作品なのですが、途中、貴重な兵力として徴用された馬のジョーイが戦車と対峙して圧倒されるという劇的なシーンがあって、さらに残酷な殺し合いの時代の到来に衝撃を受けた。まさにその戦車登場のエピソードもあって、何とも言えない気持ちになってしまった。
映画を観進めると、映像が主役ではないことに、主役はあくまで元兵士達の生の言葉であることに気づかされる。綿密にカラーリングされた動画は、彼らの証言を補足、裏付けるものとして存在する。軍人としての誇らしさに胸を張る生き生きとした語り口から、友人の死や死体に次第に鈍感になってしまう恐怖、そして、戦争を生き延びても戦後待ち受けていた心無い仕打ちと虚無、そこから更に年齢を重ねて、老いた(そして今はもういない)彼らの生きた言葉の重み。想像以上に胸に迫るものがありました。

余韻を感じながら「1917」へ。

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テクニカル的にどうやってるのか全く見当がつかないけど、伝令のため、息つく暇もなく走り続ける主人公を追って全編が1カットに見えるよう撮影、編集された作品。塹壕をズンズン進み、そのまま有刺鉄線を潜り最前線へ向かっていく。さっき「彼らは生きていた」で見聞きしたばかりの塹壕、有刺鉄線、軍服が矢継ぎ早に出てきて、不思議な感覚だった。ただし、当り前だけど、全てが整然として美しい。歯や肌だって、死だって、あまりに綺麗すぎる。「彼らは生きていた」とはまた別のアプローチからリアルさ、当事者性を追求していて、「異次元の没入体験」というキャッチ通り、体験型・没入型(イマーシブ)の麻薬的な快感に溢れている。兵士同士の掛け合いがまるで舞台のようにカットなく続く前半から戦闘が激化する後半まで、カメラは自由に漂うように動き、各イベントを最も心地よく「体験」できるベストアングルで捉えていく。そのおかげで、知識なしに、手放しに、理解した風の体験ができてしまう。イマーシブ系のイベントに興味を持ち、その快楽を知っているがゆえに、例えば今回のような戦争映画の場合、サバイバルゲーム的に消費されるだけなのでは、っていう恐ろしさを感じた。(実際そういう感想もいくつか観た)多数の犠牲を負いながら見事伝令役を果たしたミッションクリアのシーンで映画は終わる。でもこれはゲームではなく「彼らは生きていた」。その先にまた別の地獄が待っていること、そしてそのもっと先が今に繋がっていることも忘れないでおきたい。

『パラサイト』と『ミッドサマー』


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遅ればせながら、ようやく観てきた。(2月の話です)
半地下に棲む貧困一家とセレブ一家の対比をシニカルに描きつつ、口から出任せでセレブ一家の信用を勝ち取り芋づる式に一家丸ごと寄生していくブラックコメディ的な面白さから、嵐の夜のもうひとつのパラサイト一家の登場で一気にスリラー(もしくはホラー)と化し、パラサイト同士のおぞましい潰し合いへとギアチェンジ。キャンプごっこをするお屋敷と否応なしに水没していく半地下の惨いまでの対比が挟まってからは、宿主との関係性が徐々に変化。遂にパラサイトの怒りの矛先が変わる超サスペンスフルな見せ場から、地下からの救難信号に「夢のまた夢」で応える一周まわってのシニカルエンド…。韓国らしい高い熱量を維持したまま、起承転転転結くらいの激しいドライブ感。圧倒された。というか、もはや酔うレベル。 好みかと言われればそういうわけでもないんですが、本当によく出来ているなー!と感動した。

しかし昨今の日韓を代表する映画がこの『パラサイト』と『万引き家族』っていうのはヤバさを感じますね。実は『万引き家族』はまだ見れてないのでどうこう言えないのですが、同じ是枝監督の『そして、父になる』の二家族の徹底的な貧富さの対比を思い出した。「スメル」的なものがたくさん、そして精緻に散りばめられている。フードコートでのストローがじがじとか。ただ、『そして、父になる』で両家族を結び付けるのは子供取り違えというある種のマジックによるものなので、『パラサイト』の金持ち一家を内側から食い破るような生命力はなく、静かな軽蔑と屈辱を浴びるだけ。(ちなみに、この映画、写真の扱いがめちゃくちゃ良くて、念入りに選定した額縁入りの写真とデジタルカメラに残った未整理のデータの対比、最高です)地下からの復讐といえば、忘れられないのが、去年観た『アス』。劣悪な生活環境によって同じ姿形なのに全く違った性質を獲得した地下の「わたしたち」が、富を搾取した地上の「わたしたち」に復讐する。実は、ヒロインが幼い頃に地下の彼女と入れ替わっており、「ドッペルゲンガー」側がまさかのオリジナルだったというオチ。これ、今思えば『そして、父になる』的なマジックと『パラサイト』的な強烈さを兼ね備えていますね…。

はい。『ミッドサマー』も観ました。

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『ヘレディタリー』で懲りてたはずなのに何で見に行ってしまったんだろう…(深い悔恨)。終始、血筋に呪縛されていた『ヘレディタリー』とは違って、今回のヒロイン ダニーは精神不安定だった妹による無理心中により、序盤で家族全員を亡くしてしまう。この時点でかなりショッキングでヒロインにも観ている私たちにもかなりの精神的負荷がかかるのですが、以前からダニーを疎ましく思ってる彼氏のクリスチャンは、その事件の翌日も平気でパーティーに行こうとするし、壮絶な辛さに全く寄り添ってくれない。ホモソーシャルな(女性をおかずにしてばかりの)ゼミ生の集いに逃げて、いつの間にかゼミ仲間と海外旅行すら取り付けている。ダニーも旅行に同行するもホモソーシャルな彼らに与することもできず、微妙な空気感が流れる。呪縛が生まれる程の関係性がどこにもなく「疎外感」しかない。

やっと到着したペレの故郷ホルガはゆるふわなビジュアルとは裏腹に、狂ったカルトコミュニティと判明。クリスチャンと友人のマークは卒論の研究対象として(一歩引いた目線で)調べ始める。ホルガでは、誰もが規定の年齢に達したらライフサイクルを保つため崖から身を投げる(美の象徴だったビョルン・アンドレセンが老いの象徴として登場する衝撃)。その他の宗教儀式にも自ら命を捧げる。全員が「家族」(ホモソーシャルな輪もない)で、視線を、歌を交わし合い、他人の感情を全身で受けとめて同じ熱量で共鳴しあう。要は、死にもルールが敷かれ、ルールを守る限りは家族として承認され(逆にルールを破れば処罰され)、特定の誰かを蔑ろにしたり無碍に扱うこともない。となると、メンタルヘルス的にどちらが健全で、正しいのか、という疑問が湧いてくる。事実、思いがけない形で家族を亡くして、おまけに彼氏たちにもまともに取り合われなかったダニーは、誰よりこのホルガに馴染んでいく。ダンスで高揚した気分もクリスチャンの裏切りを知った時の慟哭も、呼吸のリズムすらホルガのみんながシンコペーションしてくれる。不寛容さを増す一方で執拗に共感性が求められるアンバランスな風潮を反映した現代の寓話だな、と思いました。

冷静に書きましたけど、本来の感想はまったく違いまして…

もう、めちゃくちゃ気持ち悪くて。ストーリー自体は古典的で好き系ではあるのですが、グロい系が苦手なわたしにとっては、視覚的にひたすら生理的嫌悪感を煽り続けてくる感じが、悪趣味としか思えなかった。なんでそこまで執拗に映すの?と。まだ音で怖がらせてくれたら心の準備もできるのに、無音で唐突に酷い死体カットになったりするので、もうこちらとしては薄目待機で防衛するしかないという…。ま、グロ系のホラーはみんなこんなものなのかもしれないけど。おかげさまで、見事、「ミスト」、「八甲田山」、「ボルケーノ」のトラウマ三大映画の仲間入りを果たしました!おめでとうございます!というわけで、わたしは今後、アリ・アスター作品は少なくとも映画館では見ません。清く正しく美しくおぞましいジョーダン・ピール派として生きていきます!

『紅-ing!!』@梅田芸術劇場メインホール 感想

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星組はれおんくん時代からタイミングが合わず、紅さんの大劇場トップ作品は、実はスカピンしか観れていない。そんな浅い思い入れながらも観てみると、(作品の内容や出来とは別に)宝塚OGって本当に面白いなぁ…とつくづく感じた。というのも、『REON JACK』や『MANA ISM』、『SECRET SPLENDOUR』のような退団1発目、『いじらしい婚活』のような周年ものを観るご縁が多々あり、ワンマンタイプのOG公演はもはや宗教儀式と認識するに至ったのですが、スターさんの個性や人となり、ファンとの関係性が自ずとにじみ出る(そして、見事に宗派が違う)んですよね。

『紅-ing!!』は、宝塚時代からのスターイメージ、作品感を引き継いだ、さよなら公演第2弾的な、という意味では『REON JACK』に少し似ていた。背景のLEDパネルに現役時代の舞台映像や写真がふんだんに登場するので、そういう意味でも、あれ?まだ退団してなかったんだっけ…?という錯覚に何度も襲われた。(そういや、LEDって、いつのまにかあんなに薄くて高精細になってるんですね…スクリーンかと思った…)ただし、周りのキャストがれおん礼賛の信者に徹した『REON JACK』とは違って、紅さんは在団時からの十八番 客席案内係 紅子を自分に憑依させて、紅子の口を借りてファンとのキャッチボールをしてみせる。つまり、ファン代表としてファンの気持ちを代弁しながら(でも同担拒否気味)紅さんの胸の内もちらつかせ、退団したての紅ゆずるに対する不安も喜びも(『SECRET SPLENDOUR』の時にもあったスカート問題。今回は紅子が布石を置く。)縦横無尽に話題を切り替えながら毒舌でまくし立てる。言葉尻が現役時代より一層キツくなり、特に男性ダンサーに対する態度はものすごくハラハラしたけど、みんな湧いてたからいいのかな‥。その男性ダンサーとの場面や、終盤の「My Way」、「私は私」、そしてダメ押しのMCは、「自画自賛」、「自己肯定」、「自己愛」(一応、紅子というていではあるが)の言葉で埋め尽くされる。それは、宝塚史上唯一無二の喋りでトップスターまで上り詰めた彼女らしいジョークなのか、はたまた不安の裏返しからくる必死さなのか…。あまりに強烈で熱烈な言葉のオンパレードに、肝心のパフォーマンスが記憶の奥底に沈んでしまう…というか、始めから、がらんどうなのかもしれない。どちらにせよ、紅さんらしいなー、と思った。
取り巻く女性陣は星組を中心にしたOGメンバー。宇月さんのスキルが抜きん出ていて、バリバリ歌い踊っていたのが嬉しかった。男性ダンサーは、田極さん、小南さん。「最後のダンス」は贅沢に本物のトートダンサー2人を従えて。しかも、東宝版よりも遥かに踊り狂う振付(東宝版、どうせわさわさ踊るならこんな感じにしてくれ…)。田極さんがもうキレキレっで…ずっとガン見してました…

『スターウォーズ スカイウォーカーの夜明け』感想

あぁ…ついに観てしまう…1/9はスターウォーズ記念日…と胸熱で席についたのですが、ヤバかったよー!(悪い意味で)ここから12月よもやまの発言をことごとく覆していきますね…!ネタバレ、もちろんあります!

まず一番のヤバさは開始1秒、オープニングクロールで訪れた。

死者の口が開いた!復讐を誓う元皇帝パルパティーンの声が銀河中に響き渡る。

は? おいおいおい…パルパティーンは生き返らせたらあかんやろ…!百歩譲って、生き返るとしても少なくともep8から匂わせといてくれ。字だけで処理。ナレ死より酷い、字幕蘇り。しかも、肝心の登場の仕方も安っぽく、ダサいんですよ。それでも、さすがにイアン・マクダーミドのうま怖オーラは衰え知らずで、彼が作り上げたパルパティーンを超える悪役は新たに作り出せず、ゾンビ化したくなるのもわかる気がした。ただ、出ちゃったからにはあの冴えた頭で活躍して欲しかった。思惑も作戦も一つも賛成できない。夥しいにも程があるほどスターデストロイヤー量産して(クソコラかと思った)、フォーメーション皆無で等間隔に飛行。なにがしたいんや…パルパティーン。おまけに、ドヤ顔で命名した「ファイナルオーダー」、ドヤ顔できる程ひねれてない…!そのクソコラに向かっていく反乱軍も反乱軍だし、ランドが連れてくる、これまた夥しい同盟軍にも笑いました。

ルークもレイアもランドもハン・ソロも旧三部作メンバー大集結でオマージュセリフもあったし、新三部作からはレイを鼓舞する霊体としてジェダイたちが声の出演をしたり(レイ的には知らんおっさん達の声で気持ち悪いと思うのですが)C-3POが突如エモい台詞を喋りはじめたりして、めちゃくちゃファン感謝祭的ではあった。でも、肝心の話がお粗末すぎるので、涙もひっこみますよね…。当時の米ソ冷戦を反映させ、わかりやすく善と悪との対決を描いた旧三部作、新三部作の善から悪への陥落を経て、続三部作ではゆらぐ善悪の境界と血の呪いからの脱却にテーマが移っている。時代にもあった面白いテーマのはずなのに、なんでこんな駄作になってしまうんだろう。ま、一番は、パルパティーンのせいなんですけど。他にも、ハリー・ポッター4巻以降の二番煎じ的なストーリー・設定も気になったし、何より、フォースの拡大解釈がますます加速して、宇宙船の引っ張り合いとか傷口治すとか、それができたら、これまでの話色々と変わってくるのでは…と。レイア役のキャリーが急逝したから、急遽大幅に方向性を変えざるをえなくなっただけで、本来は素晴らしいストーリーが待ち受けていたはず…と、何とか自分を納得させながら観るしかなかった。それにしても残念に思ったのは、キャラやガジェットなんかは二次創作的に踏襲するのに、絵作りにおいては全く興味ないんだな、ということ。ストーリーは仕方なかったにしろ、撮影方法や編集、場面転換、テンポ感にもスターウォーズの型はあるはずなのに、それが全くと言っていいほど受け継がれてないので、エセ スターウォーズ感があって…。そこが監督としての腕の見せどころだと思うので、ルーカスの真似事だけでは終わりたくなかったんだろうけど、スピンオフはいいとして本編と呼ばれるものはもうちょっとこれまでの流れを意識して欲しかったな、と思いますね。とはいえ、もう終わってしまったことなので、とりあえずは、サーガ完結おめでとう!(私のサーガ完結はep6ということにするけどね!)という気持ちです。既にオビ・ワンのスピンオフは決まってるし、ディズニーのスターウォーズエリアも拡大するし、まだまだ世界は閉じず続いていき、きっと何やかんや文句を言いつつ、踊らされ続けるのでしょうが…。

あ、早速続編の話が出てますね…(白目)