だらだらノマド。

趣味、日常をゆるゆる綴るライフログ。

『太平洋序曲』と『おとこたち』

『太平洋序曲』@梅田芸術劇場メインホール

ムーランルージュ』チケット代の火種もあって、開幕前から色々炎上していた作品。的確な指摘もあればあまりに的外れな意見というか暴言もあって(どういうわけか的外れなものほど言葉がキツイ)、しばらくミュートやブロックでしのいでいたもののあまりの袋叩きにしんどくなってTwitterをしばらく休んでいた(今はノートルダムに出会った興奮でアホみたいにつぶやいてます)。

…という流れで観たので、判官贔屓的な感情が芽生えるかなとも思ってたらそうでもなく、なんかどういうスタンスで見れば良いかわからない不思議な作品だった。

東洋から西洋への眼差しを、西洋のクリエイター陣(ソンドハイム、ジョン・ワイドマン)が東洋の小国を眼差して描いた、複雑な倒錯の作品を『TOP HAT』のマシュー・ホワイト演出で。

誰にこの作品の指揮を託すかというのは、単なる演出の力量だけじゃなく、文化的背景、知識、思想、人間性(日本キャスト・スタッフといかにディスカッションして創り上げられるかも含め)の面で、かなり難しいチョイスだったと思うんだけど、どういう経緯を経て、そして何が決定打になって、彼に決まったのかが気になりすぎる(別に皮肉で言ってるわけではなく、純粋に)。

幕が開けると、オリエンタリズム漂う美しく整然とした美術と、これまた整然と響く端正な音楽。かたや日本的にカリカチュアされた「外人」たちの表象のオンパレードで、案の定、まなざしもテイストも複雑に交錯していた。

歴史がどう語られ定着していくかを体現するようなナンバー「木の上で」や、香山とジョン万次郎が交差するように価値観を変化させていく(タイトル分からない)面白いナンバーもあるものの、基本的に1曲ごとにブツ切れで進むので、全編通した大きなうねりみたいなものが感じられず、ワークインプログレスかな…となってしまうのがもどかしい。

徳川将軍は女将と二役でコムさんが演じて、西洋/東洋、男性/女性の対立項が強化されながら、"交渉"という名の支配、蹂躙が繰り返し提示される。やがて日本国内でも意見が分裂し始め、香山は西洋的価値観を内面化し、逆にジョン万次郎は東洋的思想へ回帰して、ここでも視線は交わらず静かにすれ違う。(最後の最後にようやく二人が対峙して、わかりやすいドラマが生まれるんだけどあっという間に終わる…。)

コムさん演じる将軍に対して文楽のように人形遣いに操られていた帝は、時代が移り、明治天皇になると男性の肉体を得る(狂言回しが演じる)。西洋に受けた帝国主義的な振る舞いを今度は近隣諸国に振り写す時代の到来。わたしの好きな(というと語弊がある)帝国主義の話でもあり、たとえば去年観た強烈な『M.バタフライ』ともつなげて考えられるとは思うけど、うん…かといって面白いと感じているわけではない…。

一気に現代日本が立ち現れるラストの「Next」。今こそ演出家の腕の見せどころなのではと思ったら、さっきまでの静謐な美術をかき消す、がちゃがちゃした謎映像が流れ始め、うやむやのまま終わっていった…。

交わらない、理解し合えない複雑な眼差しを孕んだ作品なので、一つにまとめ上げるのを目的にはしておらず複眼的視点のまま提示するのがこの作品のありようだとは思うんだけど、それにしても観る側がどういう眼差しで観ればいいのか考えあぐねる作品だった。オリジナル版も他のバージョンも知らないので、そもそもの問題なのか今回のバージョンのせいかはわからないのですが…

香山の廣瀬さんは廣瀬さん自身が持つ哀愁や憂いを帯びた声色が後半の姿によくハマっていた。ただ、洋装になると、あまりにもビジュアルが美しすぎて、なんかもう西洋化を飛び越えて漫画みたいね…。ウエンツさんは『紳士のための〜』がとても良かったんだけど、今回はさほど印象に残らず。コムさんは『TOP HAT』でも感じたように、けして歌がお上手なわけではないのに、芸者のシーンでの佇まいが一気にミュージカルの風が吹くようで貴重な存在。狂言回しは、正しい在り方がよくわからなかったな…めちゃくちゃ難しくない…?ほか、実力派のアンサンブルチームが大活躍しているのは嬉しかった。

『おとこたち』@森ノ宮ピロティホール

嘘ばっかりの適当なユースケさんの前説から傾れ込むように、いつの間にか記憶が混濁した老人の話へ。ユースケさん演じる山田的には前説の流れのままの感覚で自身の老いに気付いていなくって、もうこの時点で、岩井さんらしいユーモアとほろ苦さが同時に押し寄せてきて胸がいっぱいになってしまった。

ユースケさんの他には、元子役で酒に溺れてからは失敗続きのコメディリリーフ的な津川に藤井隆さん。だらしない浮気男 森田に橋本さとしさん。マチズモの呪いにかかった唯一の子持ち 鈴木に吉原さん。どうしようもなくだらしない4人の”おとこたち”の話で、ミソジニックなノリ(風俗の話)とかなかなかキツイ部分もあるんだけど、演劇を観ているというより、4人が人生というプレイをセッションしているところにお邪魔するようなゆるい空気感があって、自然と馴染んでいく。ピロティのキャパでこの感覚は初めて。

吉原さんは『ジョン王』『グランドホテル』でも感じたようにマッチョと脆さが入り混じり合った役が十八番で、今回ハマり役だったということもあるんだけど、こういうリアルな肌触りの作品にも出れてしまうのか…と驚いた。

そして、ユースケさんの持つ独特のゆるい空気感が徹頭徹尾、作品全体を包んでいるのがいい。ラストもユースケさんだから悲愴感が漂わず、絶妙なペーソスが生まれる。人生をダイジェストにしたら、きっとこんなくだらない笑い(癌を患い悪夢にうなされる奥さんが家族全員の名前を呼ぶのに自分だけ入ってないとか)こそ重要なピースになるんだろうなって。あとは、鈴木と息子との決裂のような、どう頑張っても笑えない決定的な出来事のどちらか。

音楽は『世界は一人』でも組んでいた前野健太さんとのタッグ。パルコ歌舞伎『決闘!高田馬場』での歌舞伎の扱いのように、前半はややネタ的にミュージカルを扱いながら(橋本さとしさんの不倫ソングとか)、リズムだけ乗ってくみたいなアイドリングを経て、大原櫻子さんのソロで一気に歌と気持ちがピッタリくっついて昇華していって、吉原さんがそのエネルギーを受け継いで…そして最後の最後に人生の走馬灯としての音楽っていう流れが本当に素晴らしかった。

普段観ているミュージカルも好きだし、もちろん素晴らしい作品も多々あるけど、いったんミュージカルのお約束事を全て打ち捨てて、音楽と脚本とを丁寧に結び合わせるとこんな新たな可能性が開けるんだ…という発見。

女性キャラはどうしても周縁的で添え物的に描かれていたけど、大原さんはソロ1曲のためだけでも彼女である意味を感じられた。拝見したのは『ファンホーム』以来久々で、ますます素晴らしくてもう…(吉原さんとの『ファンホーム』親子タッグも感慨深かった)。いつか田村芽実ちゃんと共演を夢見てる。このふたりがいれば怖いものなしでは…。